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おんりょうめもりー ~死人達の記憶と刀の少女~  作者: ぎたこん
第一部・第五章(第一部最終章)・すべての真実はヤミの中に
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5-12-4.どうしたものか【七瀬厳八】

 テーブルに向かって俯き項垂れる九条に近寄ると、若干肩が震えている。泣いているのだろうか。


「おい、九条……今日はもういいから一端、署に帰れ。後は俺らでやっとくから」


 声をかけると、何か返事をしたようだが声が小さすぎて聞き取れなかった。立ち上がろうとする素振りもない。


「おい、あのな……いつまでもここにこうして座ってても何にもならんだろう。厳しいことを言うかもしれんがな、ここはもうお前の彼女の部屋じゃない、殺人事件の現場なんだ。皆、お前の彼女を殺した犯人の証拠を一つでも多く確保しようと動いてるんだ。お前がそんな事でどうする」


 俺のそんな言葉を聞いて九条が何を想ったのかはわからない。

 だが、何かは響いたのか、伏せていた身を起こし少しだけ顔をこちらに傾けた。


「先輩……僕は、僕は何で警察官になったのか分からなくなりましたよ……人を救いたいという一心で今まで頑張ってきたのに……他人どころか、自分の一番大切な人も守れないで……何が……何が警察官だよ……クソッ……クソッ!!」


 九条の力を込めて握られた拳が勢いよくテーブルに叩き付けられた。同時にテーブルの上に置かれていたものが音を立てて、その音に皆が反応する。だが、皆は何と言葉をかけていいのか分からず、視線を元に戻しそれぞれの作業へと戻る。


「誰だ、誰だよ……無差別に次から次へと人を殺しやがって……! 僕は……僕はっ!」


「おい、九条。いい加減にしとけよ。さっきも言った通り、皆その犯人を捕まえる為に必死になってやってるんだ。彼女さんの死に対して非情になれとは言わんが、私情で現場の空気を乱すなら直ちに帰れ。今すぐにだ」


「先輩は分からないんですよ! 自分の大切な人が殺されたわけじゃないから!」


「分かるわけないだろう! だがな、俺はお前より多くのこういう事件の被害者家族と話をしてきた。いつもヘラヘラしてるお前と違って真剣に向かい合ってな! 十の気持ちは分かってなくても、七割八割くらいは分かってるつもりだ。だからこそ、冷静になって少しでも早く事件解決の糸口を見つけなきゃなんねぇと思ってんだろうがよ! 九条、お前もガキじゃねぇんだ! ブツクサ言ってないでさっさと言う事を聞け! ほら、さっさと立て!」


 そう言う俺の叱咤の声に、部屋に緊張が走る。九条も押し黙ってしまった。

 隣の部屋にいる鬼塚も鑑識の数人も手を止めてこちらに目を向けてしまっていた。

 なんだかんだ言って俺の声が現場の手を止めてしまっている。苛立ちが募りこういう事を言ってしまったが、少し後悔した。


 そんな沈黙が訪れた部屋に、船井が周辺住民からある程度の聞き込みを終えて戻ってきた。


「ど、どうしたんですか、皆固まっちゃって」


 何ともタイミングがいいのか悪いのか。船井は部屋を見回すと唖然とした顔をしている。


「船井、悪いが九条を署まで送ってやってくれ。鑑識の作業はあらかた終わってるし、コイツがここにいても役に立たん。聞き込みの報告は後で聞くからよろしく頼む。こっちは俺と鬼塚で後はやるから」


 船井は俺の指示に従い、九条に声をかけるとドアへと向かって歩いていった。九条も流石にこれ以上ここにいても迷惑がかかると思ったのか、大人しく船井に着いて部屋を出て行った。それを見送る俺と鬼塚。鑑識は作業に戻る。


「七瀬さん……。九条さん、大丈夫でしょうか」


 鬼塚が心配そうな面持ちで問いかけてきた。そんな事、俺に分かるはずもない。


「冷たいようだが、駄目なら配置転換されるか退職するだけだ。まぁ、アイツの事だから戻ってきてくれると、俺は信じてるがな……あの様子じゃ五分五分だな。アイツのあんな姿を見たの初めてだ……」


「五分五分ですか……」


 現場の最初多くは俺ら捜査一課がでしゃばって口を出す所ではない。全ては鑑識にかかっている。できる事が少ないというのが何とももどかしい。そんな中でも声をかけてやれるのは、九条とコンビを組むことの多い俺くらいなものだった。

 俺の言った事を悪い方向にとらえられなければいいのだが……。ああいう人間に声をかけるってのは難しいもんだ。柄にもない事、率先してやるもんじゃなかったな……。

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