5-12-3.井ノ坂マナミ【七瀬厳八】
「……鬼塚、状況は……?」
「は、はい……」
問う俺も、問われる鬼塚も、その視線はお互いを見ていない。ダイニングキッチンにある椅子に腰掛け項垂れている九条に視線が行ってしまう。
井ノ坂マナミ。それが今回の被害者の名前だ。被害者の身元は俺達が現場に到着した瞬間、すぐに判明した。知っている者が俺達の中にいたからだ。
被害者は九条の交際相手だった。九条が署を出る前に抱いた不安が的中してしまったのだ。
彼女の名前を叫び遺体に駆け寄ろうとする九条を引き止めて落ち着かせるのに時間がかかってしまった。今は少し落ち着いたようだが、それでもとても捜査に加われる様な状態ではない。
「長瀬の時に似てるな……おい、状況は」
俺がそう言うと鬼塚は慌てて此方を振り向く。
「す、すいません……。第一発見者はこのマンションの管理人と職場の同僚です。被害者の職場から十数日間無断欠勤が続いているとの事で確認に来たらしいのですが……部屋のドアの鍵は開いていたそうです」
「十数日ね……よくもまぁ、そんなにほったらかしておいたもんだな」
丁寧にソファーに腰掛けピクリとも動かない被害者の方を見ると、溝口ら鑑識課の奴等がその周りでせっせと物的証拠の確保に乗り出している。
だが、やはり彼女等も九条の事が気になるのか、その手の動きがいつもより遅いように見える。
「連絡は入れていたらしいのですが、繋がらなかったみたいで……一定期間無断欠勤が続くと懲戒解雇になるらしくて、ギリギリまで待っていたそうです」
流石に鬼塚はこういった遺体を見慣れていないせいか、被害者の方を極力見ようとせずに視線が泳いでいる。
「鍵は開いていたのか。オートロックがあるとは言え無用心だな……。となると他殺か?」
「状況から見て……他殺でしょうね」
「だろうな」
「現在、船井さん達が他のマンション住人に聞き込みをしておりますが、今の所犯人に繋がりそうな証言は得られていません」
被害者の遺体はリビングのソファーに腰掛けられていたが、胸部に複数の大きな傷痕と、腹部には大きな穴が開けられ内臓が引きずり出されている。どう見ても他殺だ。旧時代の切腹じゃあるまいし、自殺して自分で内臓を引きずり出すなど考えられない。
「殺害された日時は大体でもわかってんのか?」
「発見時、冷房がかなりの低い温度でかけられていたのもありまして詳細な殺害時刻はまだ分かっていませんが、腐敗具合などから見て遺体は死後十日前後経っていると思われるとの事です」
「死因は?」
「胸部に大きな突起物で刺された後がありまして、それによる出血が直接的な死因の可能性が高いですね。あと、出血の状況から見て、恐らく別の場所で殺害された後にこの部屋に運ばれて腹部を切り裂かれたものかと……。それと着ている衣類も殺された後、硬直が始まる前に着替えさせられたのか、血痕が少ないですね。刺し殺した後に着替えさせてから、またその上から刺した、と言う感じでしょうか」
「持ち去られた部位はあるのか」
「それはまだはっきりとはわかってません。検死の結果を聞いて見ないと……溝口さんに聞いた所、見た感じは切り取られた部分はなさそうとの事ですので、持ち去られているとしたら内臓の一部ですかね……」
鬼塚の表情が常に暗い。九条の事を気にしているのだろう。俺と話している間にもチラチラと視線がそっちに行っている。九条はと言うと一言も発することなく、沈黙を保っている。
身内が殺されてそう言う状態になってしまうというのは分からないでもないが、これ以上現場に留まられても他の人間が気を使ってしまうだけだ。ここは一端、九条は帰らせた方がいいか……。




