5-11-1.伊刈の写真【陣野卓磨】
父さんの手記に書かれていた事も大切なのだが、俺には自分が今出来る中で先にやっておかなければならない事がある。
何度も言われていて、これ以上忘れていようものなら相手の機嫌を損ねてどうなってしまうか分からない。
「え? 早苗ちゃんの写真……?」
俺の質問に対して桐生が不思議そうに首をかしげた。
桐生に対して何をお願いしているのかと言うと、写真か何か伊刈の顔が確認できる物がないか聞いているのだ。
勿論、俺自身が特段見たいと言う訳ではない。だが、見て脳裏に焼き付けておかねばならない。
「ああ、伊刈さんの写真か何か……」
「それ見てどうするの? もしかして……陣野君、早苗ちゃんの事……」
桐生の目が好奇心で溢れていく。桐生が言わんとしている事はなんとなく分かったが、俺はそんな理由で聞いたのではない。
「い、いや、そうじゃなくてだな」
「じゃあ何で? もしかして、また何か……」
桐生が一転、勘ぐるような眼差しでこちらに視線を移す。何が言いたいのかは分かる。屍霊の事だ。
伊刈の話が出るのだから、そう思ってしまうのも無理はないだろう。だが、それは完全に正解と言う訳でもない。
なぜ俺が伊刈の写真を確認したいのかと言うと、伊刈が出てくる度に言われていた「元の顔をちゃんと覚えろ」的な事があったからだ。
伊刈や鴫野の言い草だと、どうやら俺が生前の顔をしっかりと覚えていれば、屍霊の気持ちの悪い顔で出現する事もないように聞いて取れる。その姿は俺の記憶により左右されるという訳なのだ。
一度死んで屍霊になったとはいえ、相手は女性だ。見た目、容姿はやはり気になるのだろう。
それに、召喚自体は俺の意思だが、召喚された屍霊が消える時は俺の意思ではなく各々の意思のように感じられる。いざと言う時にへそを曲げられて消えられでもしたらたまったものじゃない。
「いや、まぁ……なんて言っていいかな。当たらずも遠からずってとこか……でも、桐生が心配するほどの危ない事じゃないから。とりあえず、自分の関わった人の顔くらい覚えておこうかなぁ、とか思ったくらいでさ」
そんな俺の言葉に少し不信感を抱いているのか、桐生の目が少し細くなる。だが、そんな態度を取りつつもスマホを取り出し画面を触りだした。
「うん、まぁ、いいけどね。私には言えない事もあるだろうし」
少し不満な部分があるのか、声を抑えてそう言いつつ、自分の席で本を読んでいる影姫をチラッと見て確認する桐生。影姫もその視線に気が付いたのか桐生に向かって軽く会釈した。
「これ、あんな事があったから、ちょっと古くて……一年の時に撮った写真になるんだけど……どうする? メールか何かで送る?」
そう言って桐生が見せてきたスマホの画面には、桐生と伊刈が並んで照れくさそうな笑顔で撮られている写真が表示されていた。背景には校門にある霧雨学園の銘板が顔を覗かせている。入学式の時に撮った自撮り写真だろうか。この写真を撮った頃は、二人ともあんな事になるなんて微塵も思っていなかったんだろうな……。そう思うと、とても胸をかきむしるような感覚が自身を襲ってくる。
「あ、ああ。それでいいよ。俺の番号の方にメールで送っておいてくれるか。悪いな」
「ううん。そんな恐縮しなくても。コレが何かの解決の糸口になるのなら、喜んで協力するよ」
そう言う桐生の顔は、その写真を見て思い出すこともあったのか少し寂しげであった。
「サンキューな」
俺はそう言って自分の席に戻る。今、送られてきた写真をじっと眺めるという事はしないが、次の事を考える。
次は鴫野の写真だ。鴫野は生きていたのが十年以上も前と言う事もあり、持っている人物も至極限られる。
確か、柴島先生が職員室にある自分の席に飾っていたが……職員室か。気が重い。誰か一緒に連れて行こうかな……。




