5-10-2.にんぎょう【長瀬祐樹】
宙に浮いたスイカから目が外せない。その不思議な物体に完全に意識を取られている。
〝あは……あはは……あははははは〟
見ていると、女の子の笑い声が聞こえてきた。
もちろん、この部屋には俺しかいないし、テレビなどを点けている訳でもない。なのに女の子の笑い声が部屋のどこからか聞こえてくるのだ。
「か、勘弁してくれ……ぇっ……もう嫌だああああ!」
目の前のスイカが肥大化していく。俺は一体何を見ているのだろうか。コレも先ほどと同じ様に幻覚なのだろうか。恐れのあまり、頭がおかしくなってしまったのだろうか。
そんな事を思いつつ身を震わせていると、スイカは直径一メートルくらいまで膨らんでいった。そして、ゆっくりと回転してこちらにその顔を向けた。
そう、顔があったのだ。先ほどのメッセージのアイコンのような刳り貫かれた顔が。そして、口の中からものすごい臭気を放っている。その口から見え隠れするのは、血まみれになり切り刻まれた人間の体の一部のように見える。
「ひ、ひいいいいいいいい、やっ! いっ!?」
信じられない物を見てしまい、増しに増した恐怖に全身を支配され、スマホを投げ出し後ずさる。
震えてそれを見ていると、舞い降りてくるようにスイカの上に女の子が現れた。黒い瞳に赤い光が灯っている。その視線は、まるで新しいおもちゃを見つけた子供のように、好奇心に溢れているように感じられた。
〝私、お人形遊びが大好きなの。だから新しいお人形を作りたいの〟
「えっ? えっ? へっ!?」
女の子の横に、巨大なナイフとフォークがぼんやりと現れる。それを握っているのは女の子ではなく、二の腕から先しかない大きな手。やはり俺は頭がおかしくなって幻覚を見ているのか。そうだ、そうに違いない。でなければこんな物が存在するはずがない。
「き、消えろっ! 幻覚なら消えてくれっ!」
〝だから、新しい部品、頂戴〟
そんな言葉と共に、巨大なフォークが俺の方に向かって突き立てられた。避ける間もなく、そのフォークが俺の胸に深々と突き刺さる。それと同時に、全身に痛みが程ばしる。
「いいいいいいいあがああああ!?」
痛い。痛い。コレは夢や幻覚なんかじゃない。本当に刺されている。
なんで、なんで、なんでだ。何で俺は刺されているんだ。一体なぜ。
「ひぃっ、ひいぃっ」
もはや助けを求める声を上げることすら出来ない。体も思うように動かせない。
前を見ると、女の子が恐ろしいほどに不気味な笑顔を浮かべて頭をカクンと傾けた。同時に振り下ろされる巨大なナイフ。
「ぎゃあああああああ!!」
ナイフは俺の肩に直撃すると、左腕をものの見事に切断した。床に落ちる左腕。切断面からは血が吹き出す。それを嬉しそうに眺め、無邪気に笑う女の子。
「ひいいいいっ! ハッ! ハッ! ハッ!」
もはや息をするのもやっとである。逃げたいが逃げる事すら出来ない。俺の胸から引き抜かれたフォークが、俺の左腕を刺してスイカの口の中へと運んでいく。その光景をただ見ているだけしか出来ない。駄目だ、このままでは殺され……。
〝他はいらない〟
もがく俺に無慈悲な言葉が投げかけられた。
巨大なナイフの鋭く尖った先端が、俺の胸に突きたてられた。




