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おんりょうめもりー ~死人達の記憶と刀の少女~  作者: ぎたこん
第一部・第五章(第一部最終章)・すべての真実はヤミの中に
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5-7-1.長瀬の証言【七瀬厳八】

「隙間……隙間からあいつが覗いてくるんです……隙間が……隙間が怖い……」


 長瀬の自宅であるマンションの一室。そこは異様な雰囲気ふんいきに包まれていた。

 家具や壁の隙間と言った、目に入る室内のありとあらゆる隙間がガムテープや養生テープで塞がれているのだ。


「それよりなんだ、この部屋……」


「聞いてくるんですよ! 『お前警察官だろう』って男の声が! 柳川係長もあいつに殺されたんだ! 隙間から覗いてくるあいつに! ほら! 今も……! 今も聞こえる! ヒィィ!」


 俺には何も聞こえない。だが、長瀬には何らかの声が聞こえるのだろう。

 俺にもつい最近経験があったから分からないでもない。自分にだけ聞こえる声と言うものが存在するのだ。

 長瀬は恐怖のあまり、耳をふさいで蹲ってしまった。


 俺達を部屋の前で迎えてくれた時は、少々やつれて見えたものの対応にさほど異常は感じられなかったが、部屋に入り席に着いたとたん、急に怯えだしたのだ。

 九条を見ると首を横に振っている。残念だが俺にもそんな声は全く聞こえない。

 柳川が殺された翌日から出勤していないとは聞いていたが、ここまで錯乱状態に陥っていた。


「おい、長瀬。そんな声は俺達には聞こえていない。間違いなくお前には聞こえているのか?」


「い、今は聞こえて……」


 ゆっくりと耳を塞ぐ手を離しながら、そう言いつつこちらに顔を向けると、長瀬の顔色が変わる。


「す、隙間! 隙間から手が! 手が沢山出てくる! 男が覗いてるんだ!! 駄目だ!! 塞がないと!!」


 長瀬は慌ててテーブルの上に転がっていたガムテープを手に取ると、俺達の後方にあったドアに向かって駆け出した。そして、ガムテープを千切り、閉められたドアとドアの縁との隙間を塞いでいく。


「お、おい長瀬! そんな事をしたら俺等が帰れなくなるだろ!」


「長瀬、気をしっかり持って! 賃貸物件でそんな事をしたら後で困るよ! それにそのガムテープの残りじゃ塞ぎきれないだろ!」


 九条と共に長瀬のほうに駆け寄る。

 九条の気の入らない「そうじゃないだろ!」と突っ込みたくなるような説得で宥めつつ、力づくでドアから引き剥がす。そしてドアを開けっ放しにして、細い隙間が長瀬から見えない様に慎重に固定する。それを見て少し平静を取り戻したのか、長瀬は落ち着き元の席に腰をかけた。


「す、すいません……アレから幻聴や幻覚が絶え間なく見えていて……その度に柳川係長が殺された場面が頭に浮かんでくるんです。夢にまで出てきて……とても寝られない状況で……」


「長瀬、薬はやってないよね? 念の為に聞いておくけど」


 長瀬の言葉を聞いて九条が問いかける。

 薬など、警察官として……いや、人としてあるまじき行為だが、長瀬の発言を聞くとその可能性も一応考えねばなるまい。


「薬なんてやってるわけないでしょう! 俺を疑っているのか!? あんた等も船井達と一緒だ! そういう事を言うなら帰ってくれ! もう捜査一課なんて信じられるかっ!」


 長瀬はそう言うと頭を抱えて塞ぎこんでしまった。

 こんな状況を見たらそういう疑いが出るのは必至だろう。だが、俺達は違う。可能性の一つとして確認は取ったが、恐らく長瀬を苦しめているのは屍霊の一端だろう。

 だが、長瀬の場合は実際襲われている訳ではないと想う。殺されていない所を見ると、柳川が殺された状況を目撃した事で大きなショックを受けて、脳裏にこびり付いたその場面のせいで幻覚幻聴を引き起こしているのだろう。


 しかし、隙間……隙間男か。そいつの台詞からしても警察官を狙っているのは間違いがなさそうだ。

 屍霊になった奴は警察官に相当な恨みがあるようだな。警察官に恨みがある奴なんてゴマンといるはずだ。殺された警官達に何か共通点がないかを先に調べる必要があるかもしれない。


「九条、帰るぞ」


「え、もうっすか? まだあんまり聞けてないんじゃ」


「この状態でこれ以上聞いても無駄だろう。時間の無駄だ。とりあえずあの現場付近にあの時間に他に誰かいなかったか聞き込みをしたほうがいいだろう。他にも目撃者がいるかもしれん。何人かから証言が取れて確証が取れたら、陣野の家に相談する事にする」


「わかりました……。長瀬、じゃあ僕等は帰るから。気をしっかり持って、ちゃんと食事も取れよ。柳川さんを殺した犯人は必ず僕等が検挙して見せるから」


 九条が声をかけるも返事はなく、長瀬はただただ、頭を抱えて震えているだけであった。


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