1-12-2.初めて見る少女【烏丸友惟】
最終更新日:2025/3/10
「「あ、おはようございます」」
姉弟揃って、家から出てきた二人に挨拶をし、軽く一礼した。反射的な挨拶だったためか、霙月と声がハモってしまった。霙月は気にしていないようだが、双子でハモると何か恥ずかしさがこみ上げる。
「おう、友惟君と霙月ちゃんか。おはよう。今日は二人一緒なのか。珍しいね」
「はいー、私がちょっとお寝坊しちゃいましてー。卓磨はもう起きてます?」
霙月が照れくさそうに千太郎に返事をした。
「卓磨はー……もうちょっとしたら出てくると思うから、待つならもう少し待ってやってくれ。なんなら先に行ってしまってもいいよ。朝はいつもグズグズしとるからな。すまんな」
千太郎さんがそう笑顔で語りかけてきた。
後ろの娘はというと、表情を変えずにずっと無言で立っている。誰だろうか。親戚の子だろうかと推測する。初めて見る娘だ。
昔、この家に白髪の若い女性が短期間住んでいたことは知っているが、年齢的にこの娘とは異なる。その女性の縁者なのだろうか。まぁ、他人の家のことを色々と詮索するのは野暮だと思い、気にしないでおくことにした。
「じゃあ、ワシ等はちょっと出かけの用事があるでの。またの」
千太郎さんがそう言って一礼すると、後ろの女の子も視線を和らげ、緩やかな笑顔で軽く頭を下げた。
千太郎さんたちは軽く手を振って、学園の方角へと歩いていった。
その笑顔の奥に、どこか隠された気配を感じたような気がして、俺の背中に微かな寒気が走った。
「誰だろうね、あの娘。見たことないけど親戚か何かかな? なんかどっかで見た事あるような……」
二人の背中を見送る霙月も同じことを思ったようで、そんな疑問を投げかけてきた。
俺もそう感じたが、俺が知るわけがない。
「あー、俺も見た事あるなーとは思った~~けど思い違いじゃねぇか。見た所俺らと同い年くらいだし、そんくらいの年齢だったら見た事ないし」
「でも、なーんか引っかかるなぁ」
「親戚か何かって考えるのが妥当だろ。こんな朝早くにいるわけだし、この家の人が全くの知らない娘って訳でもないと思うし」
「袴姿とか珍しいよねぇ。お爺さんはいつも着物着てるけど、卓磨と燕ちゃんはそうでもないし。絹子さんはたまに着物着てた気もするけど……」
「よくそんな事いちいち覚えてるな」
絹子さんとは、随分前に亡くなった卓磨の祖母の名だ。
「あ、そっか。なんか和服関係の知り合いかな? 取引先の娘さんが泊まりに来てたとか?」
「一人で? 卓磨の爺さんの家に? んな馬鹿な。俺に散々言っといて自分も適当な事言ってんじゃねーっての」
「て、適当じゃないからっ! しっかりじっくり考えて導き出した答えだよー? きっとそう、そうなんだよ。こんな偶然そうそうないし。取引先の娘さんだよ。友惟も言われたらそう思うでしょ?」
「知らんがな」
霙月は物事を決めつけると面倒くさい。学校ではいろんな人とそこそこ交流が広いようだが、いつも一緒にいると面倒臭さを感じる。世話焼きなところも面倒臭いと俺は思う。霙月のしつこさに少し苛立ちを感じつつも、双子ならではの微妙な緊張感が漂った。
「いいや―――」
「知らんて―――」
しつこい霙月を適当にあしらいつつ、そんな言い合いをしていると、家の中から卓磨と燕ちゃんが出てきた。燕ちゃんもよく見る制服を着ている。霧雨学園中等部の制服だ。
「おっすー」「おはよー」
「うっす」「おはようございます」
それぞれがそれぞれの挨拶を交わした。
「あ、燕ちゃん、その制服! 中等部に入ったんだ? おめでとー。そして宜しくっ!」
霙月もその制服に気づいたのか、目を輝かせて燕ちゃんに声を掛けた。
「はい、今年から霧雨学園の中等部に! 驚かそうと思って今まで内緒にしてたんですけどバレちゃいましたか。学園内で会うこともあるかもしれないので、霙月さんも友惟さんも宜しくお願いします!」
そして一礼。卓磨の礼儀がなってないのに対し、燕は礼儀正しさが際立つ様子に、俺は卓磨との対比を感じた。
「そんないちいち敬語使わなくてもいいのにぃ。私と燕ちゃんの仲じゃない?」
そう言って燕ちゃんに擦り寄る霙月。霙月は燕ちゃんのことを妹の様に思っている節がある。それだけ仲が良い証拠だ。
「なんだか新しい生活が始まると思うと気が引き締まる思いでしてっ。宜しくお願いしますっ」
燕ちゃんは言葉通り緊張しているようで、背筋をピンと伸ばし両手で鞄を引っさげていた。
「おう、宜しくな。なんか揉め事あったら言ってくれ。俺がいっちょぶっ飛ばしてやっからよ」
「あはは、あまりそういうことはないと思いますけど、その時は宜しくお願いします」
苦笑交じりの返事。実際、そういうことがあっても帰宅部のか弱い俺にどうしようもないだろうと自覚する。
そして俺たち四人は、少しの会話を交わすと学校へと足を向けた。
歩きながら、燕ちゃんの制服姿が新鮮で、どこか家族のような安心感を与えてくれたが、さっきの白髪の娘の冷たい視線が頭を離れなかった。




