5-5-2.柳川と影姫【陣野卓磨】
「なぁ、影姫」
ずっと動画サイトで動画を見ていた俺が声をかけると、学校の図書室で借りてきた本を読んでいた影姫が面倒臭そうに顔をこちらに向けた。
「なんだ」
「あのさ、七瀬刑事に頼んで、今度あの……柳川って言う警官の人に会ってみようと思うんだけど、影姫もどうだ?」
俺のその言葉を聞いて、本に栞を挟み閉じてテーブルの上に置く。
影姫も柳川氏については気になっていたのだろう。
「柳川と言うと、あの貴駒峠で電話をしていた相手の警官か。会ってどうするんだ」
「影姫の昔の事も知ってたみたいだろ? だからさ、何か色々聞けるんじゃないかと思ってさ。影姫だっていつまでも記憶がモヤモヤしてるのも嫌だろ? 分かる範囲だけでも俺と共有しとけば、また忘れちまった事があっても、そこははっきりとさせられる訳だし」
「ふむ……」
影姫は俺から視線を逸らすと、考え込んでしまった。数秒の間、無言が続く。
部屋には俺がパソコンで流していた、過去の事件に関する説明動画の声だけが小さく部屋に響いている。
「それにさ、他にも何か分かるかもしれないだろ? 知り合った当時の事を聞くだけでも、何か価値はあると思うんだ」
「そうだな……まぁ、聞かないよりは聞いたほうがいいかもしれないな。卓磨一人じゃ大した話も聞けないだろうし、それなら私も付いて行った方がいいか」
行きたいなら行きたいとそれだけ言えばいいのに、余計な言葉を付け加えてくれる。
こういうところが素直じゃない。
「で、もう約束は取り付けているのか?」
「いや、まだだけど……これから取り付けようかなと思って」
そう言って時計を見ると時間は十八時になっていた。刑事の勤務時間がよく分からないが、この時間なら普通の会社でも終わる時間だし、電話をかけても大丈夫だろうと思いスマホを手に取る。
「私はいつでもいいぞ。屍霊も出現していないし、特にここ数日、重要な用事もないからな」
「ああ、分かった」
履歴から七瀬刑事を探して通話ボタンをスライドさせる。
聞こえてくるコール音。しばらくしても相手が出る気配がない。
「あれ、出ないな……忙しいのかな」
そう思い電話を切ろうとした時、通話が繋がった。
『七瀬だ。陣野君か。どうした? まさか……またアレじゃないだろうな』
電話に出た七瀬刑事の声はえらく疲れているように感じる。電話に出るのが遅かったというのもあり、仕事が立て込んでいるのだろうか。だとしたら、あまり時間を取るのも申し訳ない。
「え、あ、今電話かけてるのは屍霊とかの件じゃないです。ちょっとお願いしたい事がありまして。今、電話大丈夫ですか?」
『ああ、そうか。今はちょっとアレなんだが……まあ、少しくらいなら大丈夫だ。で、なんだ?』
「はい、この間電話で話をした柳川って言う人いたじゃないですか」
『ああ……』
「影姫の事を知ってるみたいでしたし、ちょっと当事のお話をお伺いできたらなーなんて思ってですね、影姫も忘れてるみたいだったし、その、一度お会い出来ないかなと……」
俺がそこまで言うも、七瀬刑事は黙り込んでいる。なかなか返事が返ってこない。
何か都合の悪いことでもあったのだろうか。
「あの、すいません、無理なら……」
『いや、すまん。ちょっとな……残念だがその願いは聞いてやる事が出来ない。柳川はもういないんだ』
「いないって……? 転勤か何かされたんですか?」
『いや、その、なんて言うかだな……そう言うアレではなくて、詳しくは言えんのだが……』
七瀬刑事の声が小さくなり、何か言いづらそうにしている。何かあったのだろうか。




