5-3-4.数珠の珠【陣野卓磨】
「おかしいな……やっぱ、もらい物であまり思い出の篭ってないものだと駄目なのかな……」
そんな俺の言葉を聞いて、影姫は腕時計を手に取るとしげしげと眺め始めた。
「いや、それを言ったら、腕時計だってそうだろう。この腕時計は確かに柴島教諭達から鴫野へのプレゼントではあったが、今の今まで使っていたのは柴島教諭だ。柴島教諭の思い出は篭っていても、鴫野の思い出なんて微塵もないはずだ。それに、その巾着袋からも記憶を一度覗き見れているのだろう? だとすれば、卓磨が考え抜いた理屈なら同じ様に反応しないとおかしい事になる」
「うーん、だとしたらなんなんだろう……」
俺が腕を組み悩んでいると、影姫は時計を元の場所に置き、何かを思い出したかの様にこちらに目を向けた。
「もしかしたら……最後の刻に関係あるのかも知れんな……」
「最後の刻?」
「ああ、伊刈と鴫野は、最後灰の様な粒子になって消えただろう?」
そう、伊刈と鴫野は影姫の言う通り、最後は灰になって消えてしまった。
俺がそれを聞き頷くと、影姫は続ける。
「ターボババアはそれと違って光の様な粒子となって消えたのだ。私も昔に出会った屍霊がどのように消えたかなどいちいち気にしていなかったからよくは覚えてないのだが、それが何か関係しているのではなかろうか」
俺はバスの中にいたのでターボババアがどういう風に消えたのかは知らなかったので今のが初耳であった。
それを聞いて数珠を見る。改めて数珠を見ると、また思い出した事が一つあった。
「そうだ……この数珠の珠……月紅石意外は普通の木製の物だと思ってたんだが、二つだけ黒くなっているんだ。多分……伊刈と鴫野をそれぞれ鎮めた時に、一個ずつ黒くなってたと思うんだが……あんまり気にしてなかったからはっきりとはしないけど」
俺が見ている数珠を友惟と霙月も眺めている。
影姫もそれに関しては何も分からない様で、そんな俺の言葉を聞いてただ数珠を見つめているだけである。
「それでさっきの二人を呼び出したの? 綺麗な石だね」
少しの沈黙の後、霙月が不思議そうに問いかけてきた。
確かに月紅石は綺麗な石だ。知らない人が見れば宝石か何かと思うだろう。
「ああ。多分な。実際見てもらった通りだ。どういう原理になっているのかは全く分からんが、この石を遣う事が出来るようになると、特別な能力が備わるみたいなんだ」
「へぇ……卓磨はどこでそれを手に入れたの?」
「ああ、これは父さんの形見みたいなもんなんだ。目玉狩り事件の時、俺が襲われた後に爺さんからお守り代わりとしてもらったんだ」
そんな俺の説明を聞きつつ、しげしげと数珠を見つめる霙月。
そんな霙月に続いて友惟も口を開いた。
「他にもその……なんだ、月紅石っつったか? 持ってる奴いんの?」
友惟も興味津々とばかりに、石の付いた数珠を覗き込んでいる。
気持ちも分からないではない。俺らの年齢からしたらそんな特殊能力が備わるアイテムなんてもの、喉から手が出るほど欲しい年頃なのだ。だが実際は違う。こんな物を持ってしまったが為に自身の命が危険に晒されることだってあるからだ。
「まぁ、俺が知ってるのは……、なぁ?」
答えていい物かどうか分からずに影姫の方をチラッと見ると、我関せずといわんばかりにお茶を啜っていた。
言っていいのか駄目なのか俺には判断が付かず分からない。
俺が月紅石を持っていると知っているのは……俺を含めて四人か。俺と影姫と……理事長と或谷蓮美だ。日和坂さんも持っていたが亡くなったらしいし……。
屍霊に関わっている人が持っているところを見ても、或谷組の連中なんかはもっと持ってる奴はいるだろう。だが、俺がどんな形状の物を出すか知っているのは影姫と理事長と蓮美だけだ。
俺が答えれずにもごもごしていると、友惟は何かを察したのかそれ以降の俺の答えを待つのを止めて、残念そうに溜息を漏らした。
「俺もそういうの持ってりゃ加勢できるのになぁ。まぁ、危険な場所に首突っ込むのはあんまりしたくないけどよ、一度は憧れるじゃん、そういうの」
友惟のその言葉を聞いて影姫は湯呑みを静かにテーブルに置くと、友惟を窘めるような視線で見つめ口を開く。
「友惟、それと霙月。コレは生半可な気持ちで持つ物ではない。卓磨が持っている月紅石は親から受け継いだ特殊な物なのだ。前の使い手によってはある程度浄化されているであろうし、それがあり知っているからこそ千太郎もコレを卓磨に託したのだろう。そこらで拾って下手に使いでもすれば、負の感情につけ込まれたちまち取り込まれて、さっき出てきた化け物みたいな姿になるかもしれないのだぞ。しかも精神まで取り込まれてただの殺戮生物に成り果てる」
「え、さっきのって……伊刈さんとかみたいに? じゃあ伊刈さんも月紅石を使ったって事?」
影姫の話を聞いて友惟の顔色が変わる。
勿論誰だってあんな姿になりたくないだろう。
「それは違うな。だが、同じ様な力の片鱗を影響としては受けているだろうな。まぁ、よほど性根の悪い奴でないと月紅石を使ってもああは成らんと思うが、生きたままあんな姿になりたくなければ、そう言う考えは捨てる事だな。手を貸すにしても、せいぜい後方支援や情報収集だけにしておけ」
「はぁ、なんかこう、もどかしいというか何と言うか。何か、知った所で俺等の出来る事ってすごく限られてるよな」
「うん……」
友惟も霙月も、どことなく寂しげであった。
その後は特にコレといった会話もなく、そのまま解散する事になった。




