4-99-99.閑話
「えー!? 行かないの!? 何で!? 折角手作り弁当用意してきたのに!」
今日は火徒潟町に、観光ついでに陣野と影姫の監視をする日と決まり、気合を入れて来たのにこれだ。折角の楽しいデートになるはずだったのに、唐突な予定変更には困った物だ。
「影姫が行くならつったでしょ! ったく、今日休みだったってのに朝っぱらから……アンタホント何も聞いて無いわね! それに弁当って何! 旅行や観光じゃないつってんでしょ! むしろ旅行や観光なら出先で外食するでしょ! 弁当ってハイキングかよ! ウォーキングかよ!? コーラ一気飲みして環状線一周言ってる場合じゃないっつーの!」
言ってた……か? そう言えば言ってた気もする。それならそれで、観光だけでも俺はいいんだけどなぁ。
マンション自宅のドアの前で憤慨する乃恵。そんな姿を見ていると更にからかいたくなってくる。
「いいじゃんいいじゃん、外食ってなったら結構高いでしょ? 食費節約は大事だし。ほら、寮長お手製で乃恵ちゃんの分もちゃんと……」
「いーらないわよっ! アンタいっつもおにぎりに梅干し入れてもらってんでしょ! 私が酸っぱいの嫌いって知ってる癖に!」
「えー。折角朝早くから作って貰ったのになぁ。あーあー、それに、久々にバイクに乗って風を感じれると思ったのに」
「アホかっ。あんな馬みたいなナンバー付いてないバイクで日中公道走れると思ってんの!? 行くならもちろんバスか電車よ!」
「え~……せめて乃絵ちゃんの軽自動車で……」
ちゃん付けで呼んだ俺をキッと睨みつける乃恵。分かっちゃいるがつい口から出てしまう。最近はもう半分諦めているのか、注意される事も少なくなってきたが。
現に今も睨みつけては来るが、口に出しては言って来ない。
「江里、アンタを車に乗せたら車の中で弁当貪り食うでしょ……臭い付くし嫌なのよっ。この間だって、車内で納豆なんかかき混ぜはじめやがって……もう金輪際アンタを車には乗せないから!」
「だって、腹減ったら仕方ねーじゃん。それに乃恵ちゃん、納豆好きでしょ? 好きなものの臭いがいつでも嗅げるなんてハッピーじゃん? すぐ腹減る年頃なんだし許してよ」
「だからって車内に納豆の臭いこびり付かせようとすんなっ! 車の中で納豆食べ始める奴なんて聞いた事無いわよ! 私が車内で納豆食べてる所見た事ある!?」
そう言いつつも納豆をかき混ぜ引き伸ばすジェスチャーをする乃恵の姿は滑稽で、思わず吹き出してしまう。
「いや、それは見た事無いけど、甘納豆ならこの間……」
「アレは別モンでしょうが! ああ! 彼氏が出来て納豆臭い女とか思われたらと思うと……何で私の相方がこんな奴なのよ……もっと赤鷺さんみたいにクールで大人な人だったらどれだけよかったか……」
悔しそうに握りこぶしをプルプルと震わせながら遠くを見る乃恵。
「乃恵ちゃん。俺と仕事するようになってから彼氏なんて一度も……あ、俺は納豆臭くても年上でも全然OKだよ」
「黙れっ! このクソガキマセガキ!」
マンションの廊下であまりに大声で騒ぐ物だから、隣の住人が何事かと顔を覗かせた。
それに気が付いた乃恵は、気まずそうに引きつった笑顔を浮かべながら「なんでもないのでお気にならさず」とか言いつつ頭をペコリと下げる。
隣人も何かを察したのか、そんな乃恵の顔を見ると無言でスゥっと身を引き部屋に戻っていった。
「と・に・か・く! 例えアンタが危機的状況に陥ってても絶対車には乗せないから!」
「ぴえんヶ丘どすこい丸……」
「はぁ!?」
乃恵にこの言葉は通じない様だった。
「乃恵ちゃん……」
「なによ」
「若いのにいつもそんな怒ってたら……シワ増えるよ」
「うっさい! 黙れぇ! 誰のせいだ誰のおおおおおおおおおおおおお!」
響き渡る乃恵の叫び声。電線に止まっていた小鳥達が一斉に羽ばたいていく。
ああ、今日も平和だな。
END




