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おんりょうめもりー ~死人達の記憶と刀の少女~  作者: ぎたこん
第一部・第四章・暗闇の中のチキンレース
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4-32-10.燃え盛る魂【蘇我啓太郎】

「そっち行ったよ! 言い出したんだからアンタが後は何とかしなさいよ!!」


〝何ぞ!? 何ぞ!? 貴様等何ぞ!? ババアはどうした!? ババアは何をしておるぞ!?〟


 バスの上から気持ちの悪いデカイ頭がこちらに向かって落ちてきた。その頭はぐるりと回転しこちらを向くと口を大きく開け始めた。

 同時に大きな金属音を立てて女が折った刃が遥か後方へと転げ落ちていく。


〝力がでない、力が弱る。早う食わねば腹が減る。まずはお前を喰うてやろう〟


「ああ、しっかり俺に噛み付いてろってな!」


 バットを投げ捨て左手を差し出すと、大きく開けられた地蔵の口が、俺の左肩辺りまでガブリとかぶりつく。ギリギリと締め付けてくるその噛む圧は、死んだバイクと一心同体となり頑強になったはずの身体をもミシミシと音を立てて圧迫してくる。これは長くもたない。早くしないと左肩から先が食いちぎられてしまう。


 バスのほうを見ると、バスの中では数人の人がこちらを心配そうな眼差しで見ている。

 待ってろよ、もうすぐ……俺がこの状況を打開してやるからな。


「お兄ちゃん!」


 バスの窓の一つが開いて叫び声が聞こえた。智佐子だ。智佐子がこちらに向かって何か叫んでいる。


「智佐子! 下がってろ! 俺は大丈夫だから安全な場所にいろ!」


「お兄ちゃん! ごめん! 私、私あの時素直になれなくて! 謝れなくて! 今謝らないともう二度と伝えられないと思って!」


 あの時……。あの時か。

 俺が智佐子の粘土細工を壊してしまった時の記憶が蘇ってきた。

 俺は智佐子に言われた言葉はそんなに気にしていなかったが、智佐子はずっと引きずっていたのか。


「ごめんなさい! 死んじゃえなんて言わなかったらお兄ちゃん死ななかったんじゃないかって、ずっと後悔してて……! それで……私……!」


 智佐子の眼から流れた涙がトンネル内のライトで反射しキラリと光り、はるか後方へと飛ばされていくのが見える。


「智佐子、いつも泣くなつっただろ! 俺がこうなったのは俺のせいだ! 智佐子は関係ねぇ!」


「でも……ごめん! ごめんなさい!」


「はっは、ありがたくその言葉受け取っとくよ! んで、この地蔵始末して、俺は二回も死んだんだって地獄で閻魔にでも自慢してやるよ!」


「やだ! お兄ちゃん! 行かないで! まだ話したい事は……!」


 そう言われて、はいそうですかってここでやめるわけにもいかない。

 これ以上喋ってると俺も智佐子も未練が残る。ここはスッパリ会話を切った方がお互いの為だろう。


「お兄ちゃん!」


〝智佐子、俺はもう死んでるんだ。こうして最後の言葉を交わせただけでも感謝してる〟


「お兄ちゃん……!!」


 智佐子の口からそれ以上言葉が紡がれる事はなかった。

 俺の想いが伝わったのだろう。


 もう迷いはない。ずっとここでの事故を止められなかったが、今こそ止めてやる。ここが正念場だ。

 クソガキの誘いの言葉に乗らなかった精神力の強さが俺にはある。

 いける。絶対にいける。


 右手に力を込めてアクセルを捻る。加速するスピード。

 一気にバスの前に躍り出ると鶴婆つるばあの姿が見えてきた。手足を小刻みに震わせ足元で火花を散らしながら、粉塵と豪炎を撒き散らし踏ん張っている。


「鶴婆! 空間を解除するんだ! てか、もうアンタ限界だろ!」


「な、何を言うとる! この悪ガキが、浅はかな考えでそんな事をっ! いまこのままこの空間を消したら……」


「大丈夫だ、鶴婆は知らねぇだろうが、俺は見ていたから知ってる。むしろ見せられたと言うべきか……あの人がやっていた事を! それに鶴婆の押し返しが加わわりゃ百パー大丈夫だ! 俺を信じてくれ!」


 そう、俺は外で見ていた。

 あの白髪の麦藁帽子を被っていた女のやっていた事を。

 だから、大丈夫だ。あの女の意志は俺に伝わった。


「ぐぬおおおおおおおおお!!」


 全身に気合を入れると、頭にまとわり付いていた青白い炎が一気に身体やバイク中に広がる。これが魂のパワーって奴なのか。もう覚悟は決めた。鶴婆も同じはずだ。何がなんでも智佐子達は殺させねぇ。


〝熱い、熱いぞ、こりゃかなわん〟


 そこで地蔵が炎に耐えかね口を開け、逃げようとした。このままでは逃げられる。絶対に逃してはならない。


「クソ地蔵が逃げんじゃねぇよ!!」


 咄嗟に、地蔵の口から飛び出た舌を、痛む左手で鷲掴みにしこちらへと引っ張る。


〝なぜじゃ!? なぜ掴める!? やめろ、やめろ、ワシが何をした!? 腹が減って喰おうとしただけじゃ!〟


「それが駄目だつってんだよ!! この生臭地蔵がっ! 人様の妹に手ぇ出しといてタダで済むと思ってんなよ!」


 この地蔵を焼く青白い炎のおかげか、先ほどまで散々鴫野に斬られて霧散していた地蔵の身体を、咄嗟に出した手で掴む事が出来た。

 そして、目前にある延々と続くトンネルに大きなヒビが入り始めた。鶴婆も限界が近いのだろう。


「ええい! わしだけならいざ知らず、ワシの孫まで死なせたらただじゃ置かんからな! 何べん死んでも呪ってやるからな、啓太郎、わかっとるな!?」


「へっ、望む所だってんだよ」


 鶴婆の叫びと共に目の前の亀裂が光り出し、崩れる空間の向こう側に、闇夜に染まる外の風景が見え始めた。

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