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おんりょうめもりー ~死人達の記憶と刀の少女~  作者: ぎたこん
第一部・第四章・暗闇の中のチキンレース
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4-32-1.澪の叫び【陣野卓磨】

『状況がよくわからないが……私も何とか手を尽くして……』


「たのむ! 早く来てくれ! このままじゃ持たないかもしれない!」


「お……ま……うし…………が!」


 突然影姫の声が途切れ始める。今まで鮮明に聞こえていたというのにどうしたというのだ。画面を見るがアンテナマークは全開である。電波が悪いと言うわけではなさそうだ。


〝喰ワセロオオオオオオオオオオ!〟


 そうしてスマホを除きながら焦っていると、地蔵の大声が車内に響いてきた。

 地蔵が一瞬、身体を下におろしてフロントガラスに顔をのぞかせる。地蔵は趣味の悪い金色の歯をガチガチと勢いよく噛み合わせ耳に痛い音を発してきた。最後にガチンと大きな音が聞こえてくると同時に、通話は完全に切れてしまった。


 まさか、こいつが俺が外と連絡を取っているのに気が付いて、スマホの電波をかき消しやがったのか。それとも走り続けたこの異様なトンネル空間のせいだろうか。どっちにしろ影姫と連絡が取れなくなってしまった。

 いよいよヤバイかもしれない。体中から変な汗が吹き出てきた。最後の頼みの綱であった影姫との連絡が途絶えてしまって一気に不安が押し寄せてきたのだ。


〝陣野! 今オッサンが一瞬そっちに顔出したみたいけどなんかあった!?〟


 鴫野の声が聞こえてきた。


「わ、わからない! でも、今外とスマホで連絡とってたんだが、急に電波が……!」


〝何が何でも逃がさないって事、ねっ! くっ、しつこいなこいつ!〟


 鴫野は上で戦っている。だが、楽に勝てるような相手でもないのか、ずっと戦っている。

 天井に開いた穴を見ると、時折鴫野の振りかざす刃が見え隠れするが、どういう戦況になっているのかが全く分からない。

 打開策が全然見えてこない。俺はどうすればいいんだ。ココでじっとしてるだけじゃ駄目なのは分かっているんだ。何とかしないと、何とかしないと……。


卓磨たっくん……」


 そんな俺を霙月が心配そうに見つめている。


「だ、大丈夫だ……大丈夫……」


 それしか言えなかった。元気づける気の利いた一言すら思い浮かばない。

 何が大丈夫なんだ。全然大丈夫じゃないじゃないか。このまま行ったら鴫野はやられて、俺達はあの地蔵に魂を喰……。

 悪い方向にばかり考えが行ってしまう。


「あの……走ってるお婆さんの帯紐についてる巾着袋……もしかしてあの人……私の、私の!」


 俺が頭を抱えていると、柏木さんの声が聞こえてきた。柏木さんはそう言うと、バスの窓を一つ全開にした。同時に、外の空気がバスの中に吹き込んでくる。

 地蔵の意識が全て鴫野のほうに向かっているとはいえ、まだ窓を開けるのは危ない。


「お祖母ちゃん! お祖母ちゃんなんでしょ!? もうやめて! 夢で見たお祖母ちゃんは優しかったのに! 何でこんなことするの!? 助けてあげてって言ったの、お祖母ちゃんじゃないっ!」


「澪ちゃん、乗り出したら危ないっ!」


 蘇我が柏木さんの体を引き戻そうとするも、柏木さんはその行為を止めようとしない。窓から身を乗り出し、ターボババアに向かってひた叫んでいる。


 そんな光景を見て俺も外を見ると、先程までとは違うターボババアの姿が見えた。背中からロケットの噴出口の様な気持ちの悪い突起物が生えており、そこから青黒い炎を噴射しながら、スピードの上がるバスに一歩も遅れることなく付いてきている。

 そして、柏木さんの言う通り、腰には見た事のある巾着袋が複数ついていて、それが向かい風に揺られてバタバタと揺れている。まるでこちらにその存在を気付いてくれと言わんばかりにだ。


「私、私お祖母ちゃんの事なんて気にしてないって周りには言ってたけど、ホントは寂しかったんだよ!? 友達はみんなお祖父ちゃんやお祖母ちゃんが優しくしてくれるって話をしてるのに、私はそれに入れなくて、すごく寂しかった!」


 柏木さんがターボババアに向かって叫ぶ。だがその声は、高速で走るバスが切る空気によって発生した猛風によりかき消されターボババアには届かないだろう。しかし、そんなものもお構い無しに必死に叫んでいる。


「でも、この前、夢で会いに来てくれて本当に嬉しかった! 私にはこんなにも思ってくれているお祖母ちゃんがいたんだって、本当に嬉しかった。あの朝、嬉しくて泣いちゃったのに……お、おばあぢゃ……んっ……」


 だがやはりターボババアからはピクリともその声に対する反応は見えない。

 やはり、この高速で走るバスからの叫びだ。相手に柏木さんの叫びが聞こえていないのだろう。


「お祖母ちゃん!!」


 それが最後の叫びだった。腹の底から思いっきり出した精一杯の声。

 だが、その最後の叫びがターボババアの耳には入ったのか、少し様子がおかしくなっている。頭がガクガクと、上下左右あらゆる方向へと振れだしたのだ。


「う、ぐががあああ……そそそ、速度超過はアアアッ……ギャアアアアアアアアアアアアア!! 許さぁぬぞおおおおおおおおおお!!」


 ターボババアが、窓から叫ぶ澪の声に苦しんでいる。

 首無しライダーにかましていた体当たりも止み、ただただ頭に響いてくる甲高い叫び声をあげ、頭を抱えながら高速で走り続けている。

 効いている柏木さんの思いが伝わっているのだ。声にした叫びは心の叫びとなり、ババアの精神に届いたのだ。


 首無しライダーもそれに気が付いたのか、バットを振り回す手を止めて様子を伺っている。


「夢の、中に出てきた……優しい顔したお祖母ちゃんに戻っでよぅ……」


 柏木さんはそう言うと泣き崩れて座席に座り込んでしまった。


「澪ちゃん、絶対、絶対に澪ちゃんのお婆ちゃんは澪ちゃんに気が付いてくれるから……」


「うぅ……」


 それを宥める様に蘇我さんが隣に座り柏木さんを抱き寄せる。この状況の中、蘇我さんもかなりの恐怖を抱いているはずだ。だが、それを見せずに柏木さんに寄り添い強い心を見せている。


 俺も影姫がいないからと言ってグダグダとしているわけには行かない。ターボババアの攻撃が弱まったのはこの機を脱するチャンスである。


 これで時間が稼げる。あわよくば、ターボババアの体当たりでバスが横転する事はもうないはずだ。あとは鴫野が相手をしている……この妖怪地蔵だけ。

 食わせろ食わせろって意地汚い奴だ。この大食い地蔵がっ。

 天井に開いた穴を見るが、上の様子がどうなっているのかは分からない。ただ、窓の方を見ると、時折切り落とされた大喰い地蔵の手が落下していくのが目に入る。


「鴫野っ! いけそうか!?」


 車内から天井の穴に向かって鴫野に声をかけるが、その姿はやはり見えない。


〝ダメね……高速で走るバスの上じゃやっぱちょっとキツイ。足引っ掛けて何とか耐えてるけど、向かい風と相手の手がが邪魔すぎて……本体に近づけないっ!〟


 頭の中に鴫野の声が聞こえてきた。意志の疎通は出来るようだ。


「何とかならないのかよ!」


〝攻撃をターボババア任せにしてたのが幸いっちゃ幸いだけど、この化物、斬っても斬っても体が霞みたいに薄くなって……斬り落とした手も再生してキリが無いわ!〟


 く……仮にターボババアが正気を取り戻してくれたとしても、この異様に長いトンネルの空間から抜け出せなければ意味が無い。抜け出したとしてもこのスピードだ。出た所でガードレールを突き破って崖下へ転落なんて事になったら、この場にいる全員の命が危ない。


「あがあああああああああああ!! ぎいいいいいいいえぺえええええええええ!!」


 再び響くターボババアの叫び声。同時にバスの車体が大きく揺れる。ターボババアが苦し紛れに走りながら暴れているのだ。先程までの体当たりとまでは行かないが、バスに身体をぶつけている。

 大きな揺れに車内の皆が衝撃を受け声を上げる。


 やはり駄目だ。声だけじゃ、声だけじゃ駄目なんだよ。何とかしないと……!


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