4-31-4.思わぬ所で【七瀬厳八】
人骨付近にあったズボンを持ち上げる。かぶっていた堆積物がボロボロと落ちるが、合成繊維で作られたと思われるズボンはまだかろうじて原型を留めている。ポケットには膨らみがあり、何かが入っているようだった。
手を突っ込んで取り出して見ると財布が入っていた。ズボンに入っていたせいか、革の財布はまだその形状を保っている。中には数枚の硬貨とボロボロのレシート、月道商店街理髪店のスタンプカード、運転免許証そして、家族の写真と思われるものが入っていた。
「茅原……清太……」
どこかで聞いた名前だ。
テレビや新聞なんかではない。同僚との世間話でもない。もっと重要な……。
頭の中で記憶を巡らせる。
「……!」
そうだ、思い出した。最近署の方でも建物前の掲示板で……。
九年前の事件……指名手配中の『霧雨市・門宮市広域連続児童殺害事件』の容疑者の名前が確か茅原清太だ。当事、例の呪いの家に住んでいた男。でかいスイカくり抜いて、殺した自分の娘の死体を切り刻んで詰め込んだサイコパス野郎。
世間では、既に死んでいるだろうとか言われていたが……。こんな所で、こんな近い場所でのたれ死んでやがったのか。しかし、娘殺しがどの面下げて家族写真なんて持ち歩いてやがったんだよ。
だが、気になる点があった。井戸の上には蓋がされていたな……。
人知れずこの井戸に飛び込み自殺をしたにしてもそこに疑問点が残る。
枯れ井戸を放置していても危ないから、誰かが知らず知らずに蓋をしてしまったのか? それとも……。
なんにせよ、後で報告して横の小屋も含めて捜索する必要があるな。パッと見た感じは最近使われていた形跡はなかったが、何か他にも当事の事件の手がかりがあるかも知れん。
「先輩ー! 何かありましたか!?」
上から九条の声が響いてきた。思わぬ発見に、長考してしまっていたらしい。
「ああ! 持って上がるから縄をもうちと下ろしてくれ!」
俺がそう言うと、九条が身を乗り出し縄が少しこちらに延びてきた。
「コレが限界っす! この長さで大丈夫ですか!?」
「大丈夫だ、問題ない!」
縄の先にヘルメットの顎部分を括りつけ、見つけた財布の汚れを出来るだけ払い落とし、ポケットにしまい込み、俺も縄を手に巻きしがみつく。
「上げてくれ!」
いい加減、このジメジメした雰囲気と鼻を突く臭いに限界を感じてきた。一秒でも早く上げてもらいたい気分だ。
ゆっくりと、ゆっくりと。途中で何度か止まりながらも上に引きずりあげられていく。その度に揺れる縄の先に括りつけてあるヘルメットが壁面にぶつかりごつごつと音を立てている。
蘇我、すまんな。今、表に出してやるからな。ちょっと辛抱してくれ……。




