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おんりょうめもりー ~死人達の記憶と刀の少女~  作者: ぎたこん
第一部・第一章・初めての怨霊
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1-11-1.本当の理由【霧竜守影姫】

最終更新日:2025/3/8

「なぜ、この部屋で暮らさねばならないかは分かるな?」


 現在、私がいる場所は、私を目覚めさせた卓磨の部屋らしい。

 千太郎が押入れを片付けながら、神妙な面持ちで私に問いかける。


「あぁ……」


 小さな返事と共に軽く頷いた。

 私は、私を目覚めさせた者の近くで生活し、その者の生命力によって力を蓄えなければ、力を扱えなくなる状況にある。その距離が近ければ近いほど、力が蓄えられる速度も早い。永い眠りの中で薄れてしまった記憶の中でも、その事だけは明確に認識されている。今は目覚めて間もない時期であるためか、力の蓄えがうまく行えない状況もあり、最接近して暮らすことが求められている理由である。


「ワシの事は覚えておるな?」


「あぁ……」


 再び、先程と同様に軽く頷いた。


 正直、千太郎の姿や名前は記憶に残っているが、ほとんどの記憶がぼやけて曖昧である。以前に世話になった人物であることは確かであると推測されるが、その詳細もよく思い出せない状況だ。ただ、この人物は信頼できる存在であるという感覚は、はっきりと理解している。このような朧気な状態である。


「まったく卓磨の奴……こんな所にこんな物を隠していたらいずれ燕に見つかるぞと、この間こっぴどく注意したばっかりだっちゅうのに……年頃じゃし仕方ないのかのう……それにしても、こんな漫画の女ばかりとは情けないわい……」


 千太郎はブツブツと呟きながら、押入れから何らかの書物を取り出し、足元に置かれた箱に放り込んで詰めている。

 色とりどりなその書物は、本としては非常に薄く、表紙には馬鹿でかい乳を持つ女の絵が妖艶に描かれている。中には非常に不埒ふらちな格好をした物も含まれている。


「最近はこういう書物が流行っているのか? 男が春画を見るのは良くある事だと思うが、これは……」


 私が中の一冊を摘み出して広げる。紙はえらく上質なものと伺える。

 そこに描かれていたのは、目を覆いたくなるような台詞を吐く登場人物達であった。色鮮やかな表紙とは異なり、中身は白黒ではあるものの、細部まで細かく描かれている。

 局部を隠すように隠し線が入っているが、その役割はほとんど果たしておらず、一気に顔が赤くなるのが分かる状況であった。


「まぁ、最近と言うか、前に君が起きていた頃……十二年前じゃったかな。あの頃は今程こういう物に興味を持っている者がわし等の周りにおらんかったし。静磨しずまはこういう物には興味が無かったし、色々と事があったから、影姫が時代の娯楽に触れる機会もほとんどなかったからな……」


「そういえば静磨とは誰だ。さっき食卓でも名前が出ていたが」


 千太郎が作業を止め、こちらを見る。何か悲しげな表情を浮かべている。だが、その理由がなぜなのか、私には理解できない。

 実際のところ、私は静磨という人物と会ったことがあるのだろうと推測される。だが、その名を頭に浮かべて思い出そうとすると、何かに遮られるように思考に暗転が起こり、頭が痛み出す状況であった。


「いや、覚えてないのならばよい。あれだけ粉砕されていたのだ。記憶に障害が残っても仕方なかろう。いずれ思い出した時にでもゆっくりと話そう」


 千太郎はそう言うと、片付け作業に戻った。

 押入れには物が乱雑に突っ込んであり、整理という言葉が存在していないかのような汚い状態である。


 しかし、なんという物を読んでいるのか、あの男は。

 改めて頁を数枚パラパラと捲ると、もう見るのも嫌になり書物を閉じる。

 触れているのも汚らわしいと感じ、本を戻そうとすると、何やら他と異なる毛色の変わった表紙の本が箱からこぼれ出ていた。

 他の本とは異なり、表紙には女ではなく、スラリとして鋭角な顎を持ち目を輝かせた男が描かれている。

 どこかそれに興味をそそられ、拾い上げてみた。


 中身を見ると、絡み合う男と男。

 フンドシ姿で甘い言葉を囁き合いながら裸体で相撲を取っている。

 それはとても普通に相撲をしている風景には見えず、白黒ながらに男二人が頬を赤らめ照れ合っているのが読み取れる状況であった。


「こ、これは……」


 思わず見入っていると、千太郎が静かになった私に気付き、こちらに顔を向けた。

 千太郎がこちらに顔を向けたのに気付いて、慌てて本を閉じようとするも手が滑り、本を床へと落としてしまった。


「あ、こら、君が見る様な物じゃない。ここはワシがやっておくから、あっちに準備した布団を持ってきてくれ」


 気付いた千太郎は、慌てて本を拾うと、こちらに言葉を向けたが、時既に遅し。中身はもう見てしまった状況であった。


「い、言われなくてもこんな物……」


 千太郎が箱の中にその本を入れるのを眺めつつ、箱の中を見て改めて思う。なんという物を読んでいるのか。男色趣味もあるのだろうか。


 ………。


卑猥ひわいな奴だ。本当に卓磨が私を起こしたのか?」


 部屋の隅に置かれた布団を持ち上げつつ、せっせと片付けをする千太郎に問いかける。


「ん、ああ。まぁな。なぜ卓磨が君を起こす事ができたのかはわからんが……あの状況、卓磨以外にありえん。まぁ、何にせよしばらく共に暮らせば分かるじゃろ。違うならばあるじを探さねばならんし、そうであるならば近くにおらねばならん。近くにおるなら早い方がええ。隣の部屋が空いてりゃ良かったのじゃが、あいにくこの部屋は角部屋じゃし、隣は燕の部屋じゃ。少し狭い所じゃが我慢してくれ」


 そう言う千太郎の顔は、どこか嘘をついているようにも見える。先程の食卓でのバレバレの嘘のような様子ではないが、その表情がどこか固い状況であった。だが、今の話の中のどの部分がそうなのかは分からない。私の直感がそう告げている、ただそれだけなのだが。しかし、今は深い詮索をしている時ではないと判断された。


「寝れればどこでもいい。気にするな」


 押入れの中を見回す。確かに狭い。だが、布団を敷ける広さは確保されている。狭い場所は嫌いではない。自分だけの空間を保てるからだ。


「虫はおらんから安心せい。お主の鞘を保管するのに、いらん虫共が入ってこんように中頭なかがみが害虫駆除の結界を張って行きおったからな。家の周りの柱が折れん限りは大丈夫じゃろ。弱い虫は入ってこれん」


 中頭……うっすらと覚えている。黒髪の長い女性である。私は彼女ととても親しかったような気がする。はっきりとは思い出せないが、大切な人物だったと推測される。


「よし、後は布団を敷いて……よっとっっと」


 千太郎が布団を持ち上げ、押入れの上段に押し込んだ。押入れは布団とサイズがぴったりであった。


「それにしても、以前よりずいぶん背が縮んだな。髪も短くなっておるし、顔も少し幼くなった。なんと言うか…前は二十代半ばくらいだったと思うんじゃが、今は十代半ばといった感じじゃな」


 千太郎が私の体を上から下まで見下ろし、そう言った。


「そうなのか? よく覚えていないので分からない」


「まぁ、覚えてないのなら良かろう。記憶と同じくして身体にも粉砕された影響が出ているのかも知れんな」


 自分の体を見回すが、来ている着物もぴったりで、以前の姿がどうであったのかは、よく思い出せない状況であった。



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