4-31-3.井戸【七瀬厳八】
「ふんぬぅ! うぐぐぐぐぐぐっ」
バールのような物を引っ掛けて、力任せにテコの原理で持ち上げると、井戸に打ち付けられていた木の板は思ったよりも軽く外れてくれた。数枚は力に耐えかねてか、少し割れて井戸の中に落ちてしまった。
「板が落ちたが、水の音は聞こえなかったな。枯れ井戸か。しかし、当たり前だが底は見えんな……」
影姫が井戸の中を覗きこみ、様子を伺っている。
もう日は暮れてしまっている。懐中電灯で中を照らしても、井戸の奥底に何があるのかははっきりとは分からない。
「あの桶に括ってある縄が使えそうだな。俺が降りて調べる。九条、縄をどっかに括りつけてくれ」
「え、ええ。わかりました……大丈夫っすかねあの縄。古そうですけど」
九条は近くに落ちていたロープを手に取り括りつける場所を探すが、適当な所が見当たらないようだ。
「先輩、僕の身体に括りつけて支えますんで、ゆっくり降りてください」
「大丈夫なのか?」
「大丈夫っすよ、そのくらい。ちゃんと鍛えてますんで。影姫ちゃんも手伝ってくれるよね?」
そう言う九条に影姫は面倒臭そうに「あぁ……」と返事をすると、井戸から離れて九条の方へと歩み寄る。
「僕よりも縄の方が心配っすよ。太さはあるけど結構古そうだし……よっと」
そう言って結び終えた縄の先端を俺に手渡す。
「すまんな、少しの間踏ん張ってくれよ。井戸の中へ真っ逆さまなんて事になったら洒落にならんからな」
「先輩、僕を信用してください。じゃあ、少しずつ下ろしますんで、先輩も力尽きて手を離さないでくださいよ」
九条はそう言いながら縄を綱引きのしんがりのように持ち構える。それに続いて影姫もその少し前を手に取った。
入るとは言ったものの、正直ちょっと怖い。こんな暗い時間に井戸の中へと入る事になるとは思わなかった。
だが、嫌だなどと駄々を捏ねている場合でもないのは百も承知だ。それに声は確かにこの中から聞こえてきた気がしたのだ。調べる必要がある。
生憎、軍手など持ち合わせていないので、ポケットから薄手袋を取り出し手にはめる。
縄の縛って作ったコブ部分を持ち意を固め、井戸へと身を入れる。
ジメジメとした壁面が肌にあたり気持ちが悪い。少しずつ、少しずつ縄が下ろされ井戸の開口部が遠ざかっていく。ギリギリと音を立てる縄。大丈夫だろうか。
「先輩! もう縄の長さが終わりそうなんすけど、まだ底に着かないっすか?」
上から九条の声が聞こえた。片手を離し、ポケットに入れていた懐中電灯を取り出し下を照らす。見ると、底はもうすぐ目の前であった。縄を手放し着地すると、底にたまっていた堆積物の感触が足元に伝わってきた。
「おう、大丈夫だ! 俺は何かあるか見てみるから、ちょっと休憩しててくれ! 場所は離れないでくれよ! 終わったらすぐ呼ぶから!」
場を離れないように念を押しておかないと、九条はフラフラと何処かに行ってしまう可能性もある。
「了解っす!」
上を懐中電灯で照らすと、二人が覗き込んでいるのが見えた。人がいると言う事にすごく安心感を覚える。こんな所に置き去りにでもされたら、たまったもんじゃない。
「しかし臭いな……」
狭い場所だ。足元を照らすと、落ちている物がすぐ目に入った。
底に落ちていた物はフルフェイスのヘルメットであった。
「こ、これは……」
見た事がある。コレは蘇我啓太郎の使っていたヘルメットと同じデザインの物だ。割れたシールド部分を除くと、中からは頭蓋骨が覗いていた。
蘇我だ。コレは間違いなく、十三年前に見つからなかった蘇我の頭部だ。こんな所に落ちていたのか……。
しかし、あの首が切断されたガードレールからは少し距離がある。どうしてこんな所に……。野生の大型の鳥か何かが中身を食おうとして運んでここに落としたのだろうか。考えられるとしたらそれしか考えられん。
そんな事を考えていると、ふとまた別の物が目に入る。白っぽい薄汚れた歪な球体、その周りにも似たような色の木材の様な物や人の衣服らしき物が散乱している。
「こりゃ……人骨か?」
なんなんだこの井戸は……。




