4-31-2.異質な民家【七瀬厳八】
〝……七瀬さん〟
俺の頭に響いてきた声。幻聴や聞き間違えではない。
間違いなく聞こえてきたその声は、以前聞いた事のある声だ。俺の知らない声ではなかった。
そう、知っている声なのだ。懐かしい声、忘れられない男の声だ。だからこそ、その声の発生源を突き止めなければならないという衝動が俺を駆り立てる。
それが何度も聞こえてくる。俺には霊能力とかそういった類はないが、コレは間違いなく生きている人間の声ではないと、心のどこかで確信していた。
「先輩、ロープ結び終わりましたよ」
九条がロープをガードレールの支柱に結び終え、声を掛けてきた。
「七瀬、その行動に意味はあるのか?」
影姫が怪訝な顔つきでこちらを見ている。陣野を救出しなければならないという切迫した状況である事は俺も理解している。しかし、刑事としての俺の勘が告げているのだ。この声の先に何らかの解決の糸口があるはずだと。
どうやらこの声は俺にしか聞こえていないらしい。屍霊となったアイツが、俺に助けを求めているのだ。そう思った。
「ある。絶対にある。この声は首無しの……蘇我啓太郎の声だ。俺は蘇我を信じるぞ。無駄だと思うなら影姫は付いてこなくていい」
そういい、ロープを手に取り斜面を下り始める。途中には今日事故を起こしたタクシーの残骸が散らばっている。ものの見事に太い木にぶつかり、バンパーが真っ二つに折れて凹んでいる。高橋貫太郎の遺体だけは既に引きずり出されて運ばれたのか、中には誰もいない。
〝……七瀬さん……こっち……〟
声がするのはもっと下の方だ。タクシーを眺めている場合ではない。
ロープを頼りに斜面を更に下っていくと、丁度ロープが途切れた所で平地に出た。後ろからガサガサと音がするので見てみると、九条と影姫も同じく下りて来ていた。
「なんだ、結局来たのか」
「上で棒立ちしていても何ともならんからな。それよりも本当にそんな声が聞こえているのか? 私には何も聞こえないが……」
「僕にも聞こえないっすね」
二人は辺りを見回し人気が無いのを確認している。
「ああ、幻聴じゃなければ、だけどな」
そう返事を返し、声の誘導に従い歩き出す。
二人もどこか解せないような顔をしつつも、そんな俺に着いて来る。
鬱蒼と草木が覆い茂る道なき道を少し歩くと、少しだけ開けて草木が少ない場所に出た。その場所の中央には周りの風景に比べて異質な人工物の跡らしき物が設置されていた。小さな民家らしき建物がある。その横には木製の井戸があり、その上にある板は釘で打ち付けられて厳重に塞がれている。
「どうした」
影姫は俺の横に立ちこちらを見ている。目の前には井戸。よく見ると井戸の蓋は、随分前にふさがれたものなのか、所々腐って欠け落ちている。だが、それでも手で開けるには厳しそうだ。
「ここだな……ここの中から声が聞こえてきている気がする……もう聞こえなくなったんで確信は出来んが」
「なら開けてみるしかないが……どうやって開ける」
「そうだな……」
辺りを見回すと、いろいろな物が乱雑に放置されている。恐らく井戸に使われていたと思われる桶や縄、崩れた屋根の残骸。
小屋の方を懐中電灯で照らすと、丁度よさそうなものが目に入った。先の曲がった金属の棒……バールの様な物だ。それに近寄り手に取り井戸に戻る。
「コレで開けれるだろ。釘が腐ってて楽に開いてくれりゃいいんだがな。中途半端に錆びてると余計に固いからな……」
俺はそう言いバールのような物を井戸と板の僅かな隙間に差し込んだ。それを見守る影姫と九条。
確信はないが、この中には何かがある。そんな気がした。




