4-31-1.固有空間【霧竜守影姫】
目の前に広がる景色は以前見たものであった。火徒潟町側のトンネルの出口だ。
その見える景色中でも前と違うといえば、ガードレールが一つ突き破られていると言う部分だけ。
車を空き地に停め、トンネルを眺める私と七瀬と九条。トンネルの周りを懐中電灯で照らすと、周りに何枚か古ぼけたお札が五寸釘の様な物で貼り付けられているのが見えた。前に来た時は気が付かなかったが、事故が増えた為に誰かが気休めで貼った物だろうか。
だが、卓磨達が襲われていると分かっている以上、こんなお札に意味も効力も無い事は明白だ。
「くっ、だめか……」
トンネルには突入したものの、何事もなく通り抜けてしまった。やはり、既に展開されている固有空間にそうやすやすと入れるものではない。
薄々は分かってはいたが、何もできないと言う事に苛立ちが募る。
「おい、どういうこった」
「どうもこうも……折角駆けつけたが、屍霊が展開した固有空間に侵入できない……外から助ける手立てが無いんだ。せめて中にいる誰かの魂を繋ぎとめる何かがあれば隙間くらいは開けれるかもしれないが……」
「固有空間ってのは?」
「二人も以前体験しただろう。七瀬は霧雨学園で、九条は呪いの家で……他の存在が干渉できない一部の屍霊が展開する異質空間の事だ……そこに捕われると……」
そこまで言った時にふと思い出した。そうだ、地蔵。地蔵はどうなっている。
ハッとして空き地を見回すも、地蔵があった場所には何も無い。地蔵の姿は影も形も見当たらないのだ。
やはり、今卓磨達を襲っているのはあの地蔵だったか。だが、固有の空間を作り出しているのは恐らく屍霊、ターボババアか首無しライダーだろう。
妖に落ちぶれたとはいえ地蔵菩薩は神仏だ。となると、一緒になって襲っているのであれば、屍霊が地蔵に強制的に操られている可能性もある。
しかし、こうしてトンネルをじっと眺めているだけでは何の解決も出来ない。私が無事であるという事は卓磨の命も無事なのだろうが、それもいつまで持つか分からない。早急に手をうたねば私自身何も出来ずに消される事になる。
どうすれば……どうすれば…。クソッ、思いつかない。リーゼロッテが生きていれば、こんな空間やすやすと穴を開けられるというのに。
時が経つにつれ苛立ちだけがどんどん募っていく。せめて鬼蜘蛛が使えれば……。
「おい、今何か聞こえなかったか」
私が焦り考え込んでいる中、七瀬が口を開いた。
見ると耳に手を当て周囲の僅かな音を拾おうとしている。
何か……私には何も聞こえなかったが。
「先輩、またっすか? 風の音かなんかですよ」
そう言いつつ九条も両耳に手を当てているが、何も変わった音は聞こえていないようだ。
「いや、確かに聞こえる。前の時とは違う声だが……俺の名前を呼んでいるのか……?」
耳を澄ましてみるが私には何も聞こえない。周りには他の人の気配もなく、ここにいるのは恐らく私達三人だけだ。獣の鳴き声すら聞こえてこない。こんな時に何を寝ぼけた事を言っているんだこの男は。
「斜面の下からだな……。おい、九条。牽引用のロープ持ってきてくれ。確か車に積んであっただろ。それと他にもロープあったな。アレを繋げりゃ十五メートルくらいにはなるはずだ」
七瀬が破壊されたガードレールの場所から、懐中電灯を照らしながら斜面下を覗き込んでいる。斜面の途中には木に引っかかった一台の黒い車が見える。行燈が付いている所を見るとタクシーか。
だが、七瀬の視線はそれよりももっと下を見ているように感じる。
「下降りるんすか? 暗いし危ないんじゃ……」
珍しく九条が心配そうに消極的な発言をしている。
暗いところが苦手なのだろうか。今までそう言う印象は受けなかったが……意外なものだな。
「ここでボーっとトンネル眺めてても埒が明かんだろうが。なら、気になる事には目を向けた方がいい。早くしろ」
七瀬が少し強めの口調で九条に指示を出すと、九条は頷き車へとロープを取りに戻った。
一体なんだと言うのだ。七瀬の目つきは真剣ではあったものの、私には七瀬が何を考えているかが分からなかった。




