4-30-4.百足のオッサン【鴫野静香】
「わ、わかった。何とかしてくれ! あいつは鴫野さんと同じ様な屍霊じゃない! 遠慮なくぶった斬ってくれ!」
陣野のその言葉を聞いて一つ頷く。
耳を集中させると、バスの周りに這いずっている手が車体を叩く音はバスの側面からしか聞こえてこない。
私が外に出てアイツの相手をするというのなら、出るなら上か下。でも、状況からして下は無理。となると上しか無い。天井に風穴開けて外に出る。金属を斬るなんて私に出来るだろうか……。
バス内を見回すと、座席の方にも怯えた顔をした女の子が二人座っている。床にはこのバスの運転手と思われる男性。運転席には必死に車を横転させまいと運転する男の子。
やるしかない。意識がなかったとはいえ、無関係な人を巻き込み犯してしまった罪を少しでも償うのならば、やるしかないのだ。自身がどういった能力を持っているのかは頭の中に記憶として残っている。後はそれを応用してやって行くしかない。私なら出来るはず。そんなに分厚くも無いはずだ。
まずは手の指に生える刃を変形させる能力だ。
指に意識を集中させ刃の形を天井にまで届く大きなものに変形させる。そして、それを構えて、力の限り思いっきり振り上げる。
「うおおおおおおおおおがあああああああああああ!!」
凄まじい風斬り音と共に刃がバスの天井に突き刺さった。皆の視線が私に集まっているのは分かるが、ここで止める訳にもいかない。
「た、卓磨、何やってんだ!? 誰の声だ!?」
「と、友惟! 今何とか助かる方法を……なんていうか、友惟は運転に集中してくれ! 化物はこっちで何とかする!」
「お、おう……!?」
運転席からこちらを見ている男の子が目を丸くしている。それはそうだろう。見ず知らずの化物が天井に刃を突き立てているのだから。同じ立場だったら私だって驚く。
「ぐうううううおおおおおお!」
やはり金属、その固さが指の先から伝わってくる。だがココで諦めるわけにも行かない。途中でやめたらかっこ悪い。
渾身の力を込めて腕を振り切ろうとする。いける、今の私なら出来るはずだ。
ミシミシと言う音を立てながら天井の切込みが徐々に広がり手を振りきる。天井には五本の傷跡。ついた傷の隙間からトンネルの光が漏れ入ってきた。
いける。絶対にいける。
そしてもう片方の手を再び天井へと思いっきり振り上げ五指による切り口を交差させていく。
「でええええええりゃああああああ!!」
バラバラと落ちてくる鉄板の欠片や部品。落下してきて体のあちこちにぶつかりはするが、痛みはさほど感じない。だが、人一人通れる位の穴は空いた。コレなら私一人なら十分通れる穴だ。次は……。
「し、鴫野、穴なんて開けたら……!」
「分かってるわよ! 見つかりゃ侵入されるっ。だから無駄に話しかけないで。行動は迅速にっ!」
再び意識を指先に集中させる。カッターなら鉤爪みたいな形のもあったはずだ。確かクソ親父が昔使ってた……フックカッターとかいう奴。
朧気な記憶を辿りその形状を思い出す。指がゾワゾワして変形していくのが筋肉を伝わってくる。指先を見ると、肥大化していた刃は小さくなり、見事にカッターナイフが鉤爪状の物になっていた。
「よしっ、じゃあ私はアレの相手してくるから、アンタは何とか解決方法見つけなさいよ! それと、怖がってるみんなを落ち着かせるのも状況分かってるアンタの役目っ!」
そう言い地面を蹴って飛び上がると、開いた穴に鉤爪を引っ掛け外に出る。外に出てみて見えた光景は、私が思っていた以上のものであった。私が外に出たことに気が付いたのか、オッサンがバスの車上に顔を半分覗かせた。
幾つもの節のある伸びた長い身体はバスに絡みつき、そこから生えている無数の手が絶対に逃すまいとバスの側面を覆い尽くしている。節の一つ一つも、よく見れば人の顔のように見える。気持ちの悪い事この上ない。
だが、目の前にいるソレだけではなかった。車内にいる時は車体を覆っている手のせいで気が付かなかったが、バスの横に目を疑うような信じられないモノが目に入った。背中にロケットの噴射口の様な物体を生やし、轟々と青黒い炎を噴射しながら高速で走るお婆さんと、バットを振り回す首の無いライダーが押し合いへし合い戦っているのだ。見た所ライダーの方が劣勢に見える。相手は一匹じゃなかったのか。
向かい風もすごい。バスは相当なスピードが出ている。前方にいる、鼻から上が見えているオッサンの頭で向かい風は若干和らいでいるものの、それでも普通に立ち続けるのは困難だ。
脚の指に生えているカッターナイフにも意識を集中させ鉤爪状にし、飛ばされないよう足をバスの天井に固定する。
〝腐った魂まずくていらん。邪魔するお前は腐って醜い。早う転げて落ちて、消えなされ〟
先程よりも低く唸るような声で発せられるその言葉からは、沸々とした怒りが伝わってくる。
どうやら私の姿を見て、自分の手を切り落としたのが私だと判断したようだ。
覗く顔が徐々に全貌を覗かせる。金色の歯を噛み合わせガチガチと鳴らしながら、こちらを睨みつけている。どうやら、何本か手を切り落とした私を先に始末する気でいるようだ。こちらに集中してくれるなら好都合。後は陣野がどうにかするまで持ちこたえるしかない。
「よく言うわ。どっちが醜く腐ってんのよ! 少なくとも今の私の心はアンタより綺麗なはずよ!」
横の二匹も気になるが、とりあえずはこのオッサンだ。コイツを何とかすればバスは持ち直す。何処を狙えばいいのだろうか。首なのだろうか。
しかし、陣野はアレは屍霊ではないと言っていた。それに、首を切り落とすにしてもあの巨大な頭。赤い前垂れの隙間から見え隠れする首の太さも相当なものだろう。私が刃を最大限に伸ばしても斬りきれる気がしない。それどころか、分厚い肉に阻まれて刃が折れてしまうなんて事も考えられる。
しかも、足を固定しないと立っていられないこの状況だ。どうすればいい、どうすればいい。私がこうしてこの世に留まっているのには何か意味があるはずだ。考えろ。私。




