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おんりょうめもりー ~死人達の記憶と刀の少女~  作者: ぎたこん
第一部・第四章・暗闇の中のチキンレース
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4-30-3.軽い【陣野卓磨】

 ブオンッ! と言う音と共に振り下ろされる刃。終わったと思い覚悟して目を瞑る。だが、痛みは全く感じない。俺が斬られたと言う感覚も気配も感じられない。

 恐る恐る目を開けると、鴫野の刃は目の前で止まっていた。


「なんつってー! びびった? びびったっしょ!? その顔は絶対びびってるわー。今の私が柴島の教え子を手にかけるわけが無いでしょー。あっはは」


 その恐ろしい顔に似合わず軽い口調で喋りだす鴫野。

 一体どういうことなんだ。一連の動作に頭が少し混乱し、状況がつかめない。


「ほら、ボーっとしてないで、さっさと窓閉めろっつーの! 私のこの手じゃ閉めれないから! それとも、あのくさそうなオッサンに喰われたいわっけっ!?」


 鴫野が再び窓から侵入してきた数本の手をバサバサと切り落としながら指示をしてきた。切り落とされた地蔵の腕は床に落ち、ジタバタともがいた後に煙のように消えていった。気が付けば先程切り落とされた腕も消えている。

 慌てて鴫野の指示通りに窓を閉め鍵を掛ける。と同時に窓の外は再び気持ちの悪い手がビタビタと張り付き、窓の外が口のついた手で埋め尽くされた。


「し、鴫野さん、何で……」


「なんでもかんでもないでしょうがー。アンタが呼び出したんでしょ。ってか、こんな狭い場所で呼んでくれちゃって。こういう所こそもう一人の子の出番でしょうが。あ、そっちの子は怖がらなくていいからねー。私は味方よ。ミ・カ・タ♪」


 指を一本立ててウインクのような仕草を見せる鴫野。だが、その変貌した顔のせいで、むしろ違う怖さが沸いて来る。

 しかし軽い。何て軽いんだ。俺は自殺直前の暗い表情の鴫野しか見た事がなかったので、こんなに軽い人物だと思っていなかった。この逼迫した状況であんな冗談をかましてくるなんて、性質が悪いにも程がある。

 霙月を見ると、それでもまだ、言葉もなく怯えて地面にへたり込んでいる。どうやら腰が抜けて立てないようだ。


「も、もう一人って伊刈の事か? 俺だって伊刈がでてくると思ってたら鴫野さんが……ってか、何で伊刈の事知ってんだよ!?」


「アンタの石に引き込まれた人は居場所を共有する、らしいわよ。中で何かそんな声が聞こえた。昔の奴等の記憶もちょっと残って……って、今はそんな話してる場合じゃないんじゃぁないのっ!? よく分かんないけど、私を呼び出したって事はそういう事でしょっ」


 鴫野が俺から視線を外しフロントガラスの方を見る。

 窓を閉められて侵入口をなくした地蔵が、顔を思いっきりフロントガラスに押し付けて割ろうとしている様だ。こちらまでミシミシと言う嫌な音が聞こえてくる。フロントガラスが割られれば、友惟が危ない。


「な、何とか出来るのか?」


「出来るか出来ないかじゃなくて、やんなきゃいけないんでしょっ。それを指示するのがアンタの役目っ」


「わ、わかった。何とかしてくれ! あいつは鴫野と同じ様な屍霊じゃない! 遠慮なくぶった斬ってくれ!」


 他力本願ではあるが、今は鴫野に頼むしかない。

 鴫野は俺のその言葉を聞くと、一つ頷き上を向くと指に生える刃を変形させる。鋭く長く変形したその刃をしたから思いっきり振り上げた。


「うおおおおおおおおおがあああああああああああ!!」


 低く唸る凄まじい風斬り音と共に刃がバスの天井に突き刺さる。その叫び声に、俺はもちろんの事、他の四人も驚き鴫野に注目している。


「た、卓磨、何やってんだ!? 誰の声だ!?」


「と、友惟! 今何とか助かる方法を……なんていうか、友惟は運転に集中してくれ! 化物はこっちで何とかする!」


 鴫野の威勢に、何とかなるんじゃないかと思えてきた。


「お、おう……!?」


 友惟はというと運転席からこちらを見て目を丸くしている。

 それはそうだろう。血まみれの見知らぬ女がバスの天井に刃を突き立てているのだから。この状況を何と説明していいのか分からない。鴫野は何をやってんだ。何をやろうとしてるんだ。


「ぐうううううおおおおおお!」


 ミシミシと言う音を立てながら天井の切込みが徐々に広がり手を振りきる。天井には五本の傷跡。そこからはトンネルのオレンジ色の光が洩れ入ってくる。そしてもう片方の手を再び天井へと思いっきり振り上げ五指による切り口を交差させていく。


「でええええええりゃああああああ!!」


 大きな掛け声と共に振り切られる手。天井には巨大なカッターにより大きな穴が開けられた。バラバラと落ちてくる鉄板の欠片や部品。鴫野は落ちてきたそれらを振り払いつつ、満足げに穴を眺めていた。

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