4-29-4.オッサン二人【七瀬厳八】
『わかった』
その一言が終わるとすぐに電話は切れてしまった。
「先輩、どうでした?」
「あ? いや、何か誰かとどっかに外出してるみたいだったな。後で折り返し電話するってよ」
今、俺は九条と共に貴駒峠へと向かっている。空も少し薄暗くなってきており、日をずらした意味がなくなりそうになってきていた。
「影姫ちゃんも年相応に遊びに出かけたりするんすね。何か冷めたイメージがあるからちょっと意外だなぁ」
「遊びに行ってたかどうかは知らんが、聞こえてきた雑音からしたらそんな感じかな……まぁ、いくら屍霊が出てるからつって、俺等がそれを咎める事は出来んさ。相手は学生だし、俺等としても協力してもらってる立場だからな」
俺がそう言うと、九条はハンドルを握りながら不敵な笑みを浮かべる。
「本当に、僕等が協力してもらってるんすかね」
「どういう意味だよ」
「言葉通りっすよ。僕等が協力してもらってるんじゃなくて、僕等が彼等に協力させられてるんじゃないかってね」
そう呟く九条の声は嫌に低く、まるで俺に語りかけているというより、内なる自分に呟いているようである。何か含みがあるような言い方だが、それが何かは俺にはわからない。
「……んな事どっちでもいいんだよ。お互い協力して化け物共をブッ倒せるんならそれに越した事はないだろ」
「ま、そうなんですけどね……って、あれ?」
信号で車が停まり待っていると、九条が何かに気が付いたように遠くの方を見て目を細めている。
「おい、余所見すんなよ。もう青になるぞ」
「いや、先輩。あれ、影姫ちゃんじゃないっすか? ほら、あそこの……」
そう言われて九条の視線の先を見る。
確かに、信号の先、右方向にある建物の前に、綺麗な白髪で髪を後ろで二つ括っている女性の姿が見える。その横には同じく学生らしき姿が二人。一人はスマホ片手になにやら地団太を踏んでおり、もう一人は……見覚えがある。陣野の妹だ。
となると、あの白髪は影姫で間違いないだろう。
「あ、ああ、ありゃ確かにそうだな。あんな所で何やってんだ?」
不思議に思いそちらの方を見ていると、信号が青に変わってしまった。ゆっくりと発進した車が、少しずつ彼女等に近づいていく。
「先輩、近くに停めて声かけてみます? 丁度あそこに駐車場ありますし」
「いや、まぁ……邪魔しちゃ悪いしなぁ。ありゃどう見たって女友達と遊んでるって感じだろう。オッサン二人がズケズケ入って行っちゃ……」
「まぁ、ちょっとくらい大丈夫っすよ。それと、僕まだ先月に三十になったところなんで、オッサンはやめて下さい。まだギリギリお兄さんっすよ」
九条は苦笑交じりにそう言うと、信号を越えた所でハンドルを左へと切り始めた。
「いや、あの年頃の子等からしたら十分……って、おいっ」
俺の言葉も無視して九条は信号を超えた脇にあった有料駐車場へと車を向ける。
「ったく、こんな所で時間食ってたらまた暗くなっちまうだろ。何の為に日ずらしたんだ……」
署を出る前に聞いた話だと、今日事故を起こしたタクシーは、峠道が狭い事もあり、まだ現場斜面に置かれているらしい。
だが、明日には吊り上げられてレッカー移動される予定だそうだ。タクシーに何か屍霊の痕跡が残っていればと思ったのもあるし、次の事故車を待つなんて言っていたらいつになるか分からない。だから、もう日をずらす事は出来ない。
分かってんのか、コイツは……。




