4-29-3.電話【霧竜守影姫】
「もしもし! 陣野だがっ!」
『え、あ、七瀬だけど……い、忙しかったか、すまん……時間改めようか?』
蓮美への怒りと、慌てて電話に出たせいか、思わず声が荒々しくなってしまった。
私の怒声を聞いて、聞こえてきた七瀬の声がすごく恐縮して小さくなっている。
「い、いや、こちらこそすまない。そんなに忙しいわけではないんだが……ちょっと待ってくれ」
燕と蓮美の方を確認すると、二人とも卓球台の対面側でなにやら話をしている。七瀬から電話という事は、何やら屍霊がらみだろうし、燕に聞かれると後々面倒になりそうだが、この距離なら問題あるまい。
「で、なんだ。また例の峠の話か」
『ああ、あそこに出現している屍霊の基となった人間の正体が分かった。まだ、百パーセント確信したって訳でもないんだが、九割方合ってると思う』
「ああ……ババアの方は柏木と言ったか。バイクの方はもしかして蘇我啓太郎と言う奴か」
『あ、ああ。何で分かった? もしかしてもう見当はついていたのか』
聞こえてきた七瀬の言葉には若干の引きが感じられた。名前を言い当てた事に対して驚きを隠せないようだ。
「そういえばそちらに伝えるのを失念していたな。卓磨が彼等の記憶を見たのだ」
『記憶?』
「ああ、七瀬刑事には言ってなかったか……卓磨には物から屍霊に関する記憶を読み取る能力がある。今までもそれを利用して屍霊の基となる人間を突き止め、その縁者と共に解決に導いてきた。目玉狩りの時は伊刈早苗の幼馴染である桐生千登勢、赤いチャンチャンコの時は鴫野静香の同級生で仲の良かった柴島絵里がそうだ」
『そうか、それで二人とも悉く事件に関わってたんだな。なぜ二人が、こうも事件に絡んでくるのかは不思議に思っていたんだ』
「それで、要件は……」
気が付くと、燕と蓮美が近くに寄って来ていた。
蓮美はともかく燕に聞かれるのはまずい。屍霊事件がまた起こっているという事を知れば、首を突っ込みかねない。
『えーっとだな……その事についてちょっと相談を……』
「七瀬刑事、すまん、ちょっと今は立て込んでいて……後で折り返しでもいいか?」
『え? あ、ああ。こっちこそすまんな。急な電話で。急ぎじゃないと言えば嘘になるが、今すぐにって訳でもないから、手が空いたらなるべく早く電話をくれ。じゃあ後でな』
「わかった」
そう言って電話を切ると、蓮美が訝しげな顔で私の顔を覗きこんでいた。
燕は燕で少し心配そうな視線を送ってきている。
「ねぇ、影姫。チラッと画面見えたけど、七瀬厳八って確か、霧雨署の刑事だよね? 何かあったの」
あの距離あの瞬間に画面の文字が見えたのか。それにこの視力。さすが或谷組組長の娘と言った所か。自身の居住地の警察の人間は把握していると言う所か。
「いや、まぁ、お前達には関係ない事だ。気にするな。今日はもう遅いし帰ろう」
そう言い壁に掛けてある時計を見ると、時刻は既に十六時を優に過ぎていた。貴駒の屍霊の話となると、卓磨も一緒の方がいいだろう。家に戻って卓磨と合流してから七瀬に電話をすればいい。それなら燕に聞かれる心配も……。
「関係ないって気になるなぁ。影姫に連絡来るって事はそういう事案なんじゃないの?」
「影姉、また何か危ない事……」
二人の勘が鋭い、と言うか、どうも私は隠すのが下手だ。ごまかしきれない気がする。ここは強引に押し切るしかないか……。
そんな事を考えていると、再び私のスマホに着信が入った。画面を見ると、そこには『卓磨』の文字が。
なんであろうか。すごく嫌な予感がした。




