4-28-2.屍霊達の強襲【陣野卓磨】
帰りのバスの中。俺達の他に乗客はいない。
霙月がバスの時間まで調べておいてくれたおかげで、一時間に一本というバスを乗り過ごす事もなかった。
そんな霙月はというと、一日の疲れが出たのか柏木さんと共に俺の隣で眠りについている。
スースーと聞こえる寝息を聞きながら寝顔を見ていると、なぜか鼓動が高鳴り顔を背けてしまった。見慣れない寝顔など見たせいだろうか。多分そうだろう。
蘇我と友惟はと言うと、前の席で人形博物館のパンフレットを見ながら、あーだこーだと今日の感想を言い合っている。そんな二人を見ていると、なんだかんだこの先大丈夫なんじゃないかと思えてきた。
そして俺も疲れのせいか眠気が出てきて、眠ってしまおうと窓側にもたれかかった。だが、そんな細くなった俺の目に入ったのは不穏な風景であった。例のトンネル前、地蔵のある空き地付近の急カーブに設置されているガードレールが破壊されている。バスの中からではその先の斜面にある物はよく見えなかったが、見た所車が突っ込んだ後のようだ。黒い車体と青いナンバープレートがチラッと見えた気がする。
火徒潟町に行く時は何もなかったと言うのに、俺達が博物館やその他施設で過ごしている五~六時間の間にまたここで事故があったと言う事だろう。人がいないという事は、警察の現場検証ももう終わっているという事だろうか。
そう思うと、何とも言い難い不安と恐怖が一気に全身を駆け巡った。
大丈夫、大丈夫だ。来る時は何も起こらなかったんだ。バスだって普通のスピードで走っている。少し年老いた運転手だったので心配はあったが、バスがふらついて走っているなどと言う事もない。至って安全運転だ。何も起こらない。事故なんて起こるはずがない。ましてや、屍霊なんて……。
皆には、今日は楽しい一日のまま終わって欲しいんだ。影姫だっていないんだぞ。でも、何だこの襲い掛かってくる不安は。つい数分前まで疲れで眠かったはずなのに、今は微塵の眠気も残っていない。頭を動かさずにギョロギョロと辺りを見回してしまう。
そして、トンネルに入って直ぐだった。
〝腹鳴る腹鳴る、我慢ならん。若い魂、綺麗な魂、喰って満腹、知って満足。喰わせろや、喰わせろや~!〟
妙な声が聞こえてきた。
「ぎゃああああああああああああ! な、なんだああああ!? う、ぐっ……」
聞こえてきた妙な声に続いて、バスが何かの強い衝撃で揺れたかと思うと、運転手の叫び声が耳に飛び込んできた。
「な、なに!?」
「どした!?」
蘇我と友惟も驚いているようで辺りを見回している。隣の二人もその衝撃で目が覚めたようで虚ろな目をしつつも外を眺めている。
そして、俺の目に入ったモノ。車体前方、フロントガラス。
そこには潰れた薄い紫色の顔をした巨大なオッサンの顔が張り付いていた。オッサンは大口を開け何かを食べようとしているかの如くフロントガラスの向こう側で金色の歯を除かせながら口をパクパクと開閉している。
「た、卓磨、何あ……きゃっ」
霙月が俺に声をかけてくるも、再び車体が大きく揺れる。動揺して窓の外を見ると、老婆がバスに並走していた。激しく腕を振り、猛スピードで走りながら鬼のような形相で此方を見つめる老婆。
ターボババアだ。
初見であるが一目見て分かった。
だが、フロントガラスに張り付いているアレは何だ。ターボババアでも首無しライダーでもない別の何かもいる。
「う、嘘だろ……!?」
思わず声が洩れる。
でも何でだ、そんなにスピードは出ていなかったと思ったのに。
そして再びターボババアの体当たり。揺れる車体。だが、バスは進路を持ち直せずにトンネル壁面に車体をこすり付け火花を散らしている。過ぎ行くトンネルのライトを見ていると、バスのスピードは加速しているように思えてきた。
前を見ると、友惟が慌てて運転手の方に駆け寄っていた。
「運転手さん! 運転手さん! ……ちっ、卓磨、霙月! ちょっと来てくれ!」
友惟の一声に我を取り戻し、フロントガラスに張り付く巨大な顔に対する恐怖を押し殺し、慌てて運転席の方に駆け寄る俺と霙月。見ると、運転手は薬の入ったケースを片手に胸を押さえてハンドルに突っ伏していた。ハンドルは友惟が横から握っている。
「卓磨、運転手どけてくれ! 息はあるみたいなんだがアクセル踏み込んだまま気絶してやがる! 霙月は運転手に薬を……!」
「わ、わかった」
「うん!」
そう言い運転手をなんとか運転席から運び出し床へと横たえる。
友惟はというと空いた運転席に座りバスの運転を始めた。
「おい、友惟! バスの運転なんて出来んのか!?」
「出来るか出来ねぇかじゃねぇ! 今俺達しかいねぇんだからやるしかねぇだろ! 心配すんな、本格バス運転ゲームで鍛えた腕見せてやッからよ! てか、この、前のデカブツなんなんだよ!?」
そう言えば友惟は中学の頃に、一時期電車やバスの運転系ゲームにドはまりしていた気がする。だからと言って本物は別物なんじゃ……。
しかし、友惟だってフロントガラスに張り付く化物に対する恐怖はあるはずだ。だけどなんだ、俺とは違う。
ハンドルを握り必死にバスを走らせ、皆を守ろうとしている。動揺して何も出来ない俺とは全然違う。
「と、友惟、とりあえずトンネルを抜けるんだ! 何かこう、辺りが明るくなれば消えるかもしれない!」
「しゃーねーなっ……ぐっ、ちっきしょ」
ターボババアの体当たりで激しく揺れる車体を必死に持ち直そうとする友惟。霙月はというと、横たわる運転手に薬を飲ませようと四苦八苦している。
「卓磨、薬は何とか飲んでくれたみたいだけど、運転手さん目を覚まさないよ、どうしよう……」
霙月が水の入ったペットボトルを片手に、心配そうにこちらを見てきた。柏木さんは蘇我の隣に移動して、恐怖で声がでないのか、静かに二人で不安気に外から体当たりしてくるターボババアの方を凝視している。
「どうしようって言ったって……どうすりゃ……」
もう、訳が分からなかった。なぜ突然出現したのかも、どうしてこういう状況になってしまったのかも全てが分からなくなった。




