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おんりょうめもりー ~死人達の記憶と刀の少女~  作者: ぎたこん
第一部・第一章・初めての怨霊
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1-10-1.シェアルーム【陣野卓磨】

最終更新日:2025/3/6

「……」


「……」


 現在、俺は自分の部屋にいる。


 起動されたパソコンから小さく流れるアニメソングが響く中、部屋内に無言が続いている。その部屋には俺以外にもう一人、人物が存在しているが、俺もその人物も口を開くことなく静寂が支配している。

 読んでいる漫画から視線を外し、顔を上げると、視界に入るのは影姫の姿である。ローテーブルを挟んで俺の真正面に正座で座っているのだ。


 数年にわたり継続しているインターネットゲームのイベントがマンネリ化し、飽きが募っていた事もあり、通常は部屋に入ると即座に操作するパソコンも、今日はつけっぱなしで音楽を流しているのみである。新作のゲームを購入できなかったため、特に他にやることもなかった。


 何とか説明に収まりのついた夕食の時間を終え、つい先程までは居間でしばらくテレビを視聴していた。

 テレビを視聴している途中、上の階で何らかの物音がしていたが、俺はまた祖父が骨董品を引っ張り出しているのだろうと、気にも留めなかった。

 そして、ぼんやりと眺めるように見ていたバラエティー番組も視聴を終え、部屋へ戻る途中で気付いた。


 俺の後方に影姫が付いて来ていることに。


 今日初めて出会った影姫にまだ慣れていない状況であったため、軽く会釈をすると特に会話もなく部屋に向かった。それに、初対面の女子と会話する事があまり得意ではないからである。正直、急にきょうだいと宣言されて「はい、そうですか」と即座に受け入れられるものではない。燕の内心がどうなっているのかも不明であり、俺は心の中で戸惑い、急にきょうだいとされた状況に困惑し、燕の真意が掴めない不安を感じていた。

 影姫に割り当てられた部屋が二階であるのだろうかと考えつつ、俺が自室のドアを開けると、影姫もススッと一緒に俺の部屋へと入ってきた。


 何が目的なのだろうと思いながらも、俺が漫画を手に取りローテーブルの前に腰掛けると、影姫もそのテーブルを挟んで向かいに腰掛けた。

 状況が理解できず、漫画を手にしたものの気が散って内容が頭に入らず、チラチラと目の前の影姫を観察していた。それがこれまでの経緯である。


 先程までは大正時代の女学生が着用していたようなデザインの着物、上が黒、下が紫の袴姿であったが、今は燕から借りたのか上下緑色のジャージを着用している。バラエティー番組で芸人が頻繁に着用しているようなジャージである。髪は後ろで赤い飾りの付いた紐か何らかの装飾で二つに縛っている。

 そして、なぜか冷たく感じる視線がこちらに向けられている。


 それから約三十分、この状況が続いている。小さく流れる音楽だけが部屋に響き、初めて経験するこの何とも言えない状況に、その音が通常よりも大きな音量に感じられる。


 なぜだろう。いや、何なんだこの状況は。食事の際には、まるで俺に関心がない……むしろ、どこか少し毛嫌いされているような雰囲気で俺から視線を避けていたのに、なぜ今俺の部屋に鎮座しているのか。


「ね、ねぇ、何でこの部屋にいんの? 遊びに来た? 暇なの? 引っ越してきたのなら、片付けや荷物の整理もあるだろう? 人手が不足しているのなら、俺が手伝ってもいいけど…」


 我慢できずに尋ねてみた。

 それは当然である。俺の部屋に来た割には向こうから話しかけることもなく、物珍しそうに部屋を見回すだけである。俺には全く意味不明であり、理解不能である。

 部屋には女子に見られたくない物も色々と隠されているため、このままウロウロされると困る状況であった。


 そして、キョロキョロと視線を泳がせていた影姫だが、俺が発した言葉にその視線を止め、こちらに向き直る。


「千太郎が、一時的だが暫くはこの部屋で暮らせと」


「あ、そうなの」


 なぜ俺の部屋に鎮座していたかという理由が分かり、あーなるほど、そういうことか、と安心する。

 俺の部屋で一緒にね。同い年だから、どっちが兄か姉か知らないけど、血を分けたきょうだいなら問題ないわな。それに、家の主である祖父が言うならそういうことなんだろう。仕方ない事だ。


 と、影姫の言葉に理解し、視線を手元の漫画へと戻した。読みなれた漫画である。何度も読んでもう先の展開は分かっているが、好きな漫画は面白い。


 ………………。


 再び影姫の顔を見ると、向こうもこちらを見ている。ただその視線は物珍しそうで、俺の手元にある漫画を見ているようであった。

 食事の際には俺に対して笑顔を向けなかったが、今は作り物のような硬い笑顔でこちらを見ている。

 俺も影姫も祖父の指示に納得したようである。

 それなら安心して漫画が読めるだろうと、改めて手に持つ漫画に視線を戻す。


 ………………。


 いや、違う! 違うだろ!

 何をサラッとスルーしようとしているんだ。よく考えろ。


 男と女! ボーイとガール!! 雄と雌!!! しかもお年頃の俺の部屋でなぜ一緒に!!! Why!? なぜ!? 普通だったら女同士で燕の部屋だろ!! 一時的とは言えおかしいだろ!


 俺は、俺と影姫を指を交互に指差しつつも、心の中で叫ぶが、実際は口がパクパクするだけで言葉が出てこない。

 タイムラグが発生し、気がついたこの事実に心が動揺している状況であった。


「大丈夫だ。卓磨に襲われても返り討ちにできる自信はある。こう見えても戦闘力が五十三万はある。それに比べてお前の戦闘力は十か? 寝込みを襲おうなんて思うなよ? ゴミめ」


 どこかで聞いたような台詞を吐き、影姫が自信ありげにフフッと見下したように笑う。戦闘力ってなんだよ。どっかの漫画で見たことあるような数字表現じゃないか。


「いや、そういうアレじゃねーから!! なに訳分かんねー事を言ってんだよ! 普通嫌がるだろ! 俺じゃなくてお前が! 食事の時も俺の事嫌そうな目つきで見てたじゃねーか!」


「そんな事もあったな。だが、アレはお主という人物をよく知らない状況から生まれ出た反応であって、一つ屋根の下、かつ同じ部屋で暮らさねばならないとなると仲良くせざるをえまいて」


「い、いや、お前は何を受け入れてるんだっ。爺さんに断固抗議をせねば!! 母さんの部屋が、この間片付けたから空いてるはずだ!! その部屋じゃなくても、この家無駄に広いんだからどっか空いてるだろ!」


 俺がそう叫び立ち上がろうとすると、影姫がビシッと人差し指をこちらに向け、待ってましたと言わんばかりに口を開く。


「千太郎は卓磨がそう言うであろう事を予測してその答えは既に千太郎から言付ことづかっている!」


 その様子はさながら犯人を特定した名探偵のような綺麗な指差し。そして鋭い目線。何もしていなくても自分が何かの犯人なのかと思ってしまうような眼光である。


「な、なんだよ! てか、お前、爺さんの事名前で呼び捨てとかやっぱきょうだいとかウソ……ッ!……」


 意味もなく心臓がバクバクする。指を刺したままズズイッっと身を乗り出して接近してくる。そして勢い余って近づきすぎ、指がそのまま俺の鼻の穴に刺さる。


「オアッ……」


 慌てて指を引き抜き、改めて俺を指差す。

 その指先には緑色の塊が。


「あの部屋は近々別の事で使うらしい。とても重要なアレなので明け渡せないと! 他の部屋もそれぞれ用途があるから駄目だと!」


「アレってなんだよ! アレじゃ分からんだろアレじゃぁ!」


 影姫の指先に付いた俺の鼻クソも気になったが、それ以上に色々と訳が分からなくなってしまった……。


 部屋の静けさの中で、影姫の存在に俺はどこか不思議な安心を感じつつ、彼女がなぜここにいるのか理解できない困惑が胸に残った。


挿絵(By みてみん)

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