4-26-1.入館【陣野卓磨】
「えーっと、蘇我智佐子、烏丸霙月、烏丸友惟、陣野卓磨、柏木澪ね……皆学生さんね……」
「はい」
「珍しいわね。学生さんが団体で来るなんて、去年の夏以来だわ。それにこのチケット……これも珍しいわね。白鞘さんが入場券を配るなんて年に一件あるか無いかよ。あなた、運が良かったわね。まぁ、ゆっくり見て行って頂戴」
「ありがとうございます」
そうお礼を言う蘇我を横目に、来館者名簿に書かれた名前を二度見する受付の女性。
「……ん? 蘇我……智佐子……どっかで見た名前ね」
その呟きに気付いた蘇我が、受付の方に向き直る。
受付のおばちゃんはというと蘇我の名前を見て、ずれていた眼鏡を掛け直し顔を近づけて、ジッと凝視している。そんな様子を見て俺達が立ち止まっていると、傍で清掃をしていた男性が声をかけてきた。
「おい、阿武隈、チラッと聞こえたけど、それアレじゃないの。ほら、去年に話してたアレ! 付いてた木製の札に〝智佐子へ〟って書いてあっただろ。それと送り主の名前も確か……」
阿武隈と呼ばれた受付の女性は、それを聞いて手を一つ叩くと、はっとした顔で蘇我の方に顔を向けた。
蘇我はと言えば、何の事か分けも分からず戸惑っている。
「あなた、霧雨市の霧ヶ谷って所に住んでるの?」
「え? はい。まぁ……なんで分かったんですか?」
住所を言い当てられて更に戸惑う蘇我。覚えていないだけで、やはりこの地の人達と知り合いか何かなのだろうか。それなのだとしたらチケットが投函されていたのも納得がいくのだが。
そう思い蘇我の顔を見るが、やはり覚えが全く無いようで阿武隈の方を見つつも困惑している。
「まぁ! それなら間違いないと思うわ!」
そう言って阿武隈は立ち上がると、慌てて奥の扉から事務所に入り、何やら包み袋を持って戻ってきた。
「何ですか? それ」
蘇我だけではなく、こちら側にいる皆がその袋を不思議そうな目で見ている。
状況からして来場者○人目記念おめでとう! という雰囲気でもなさそうだ。
持ってこられた袋は少し色褪せており、随分と古い物のようだ。
「これ、多分あなたへのプレゼントよ。蘇我啓太郎って言う人から。ご家族か誰かかな?」
「えっ……」
蘇我はその名前を聞いて驚きを隠せない様子であった。啓太郎と言えば、二日前に記憶を見た時に出てきた男……蘇我の兄だ。
そして、首無しライダーの正体として確定された人物でもある。
なぜ十数年も前に死んだ人間からのプレゼントがここにあるのだろうか。
「ああ、いきなり言われても分からないわよね。あのね、調べたら十三年前にね、うちに近くの雑貨店からプレゼント用のお人形さんの発注があったんだけど、それが返品されてきてね。注文主はさっき言った名前で、若い男性の方だったらしいんだけど、プレゼント相手の名前までは書いてあったのに、住所が地名までしか書いてなくて。それで番地とかが分からなくて届けられなかったのよ。そのお店も対面注文で料金前払いだったのに、連絡くれたら取りに来るからって言われて住所確認をしっかりしてなかったらしくて。なんか、携帯電話もその後繋がらなくなったらしいし……」
「これ……」
阿武隈の話を聞いた蘇我が、阿武隈からプレゼントの包みを恐る恐る受け取る。
「ほんとはね、そういうのの保管期限って大体1年くらいだから、もっと前に捨てるはずだったんだけどねぇ。何か知らないけど捨てそびれてたみたいで、最近倉庫の奥から出てきたのよ。それで、先週だったか、長さんと捨てるかどうかって話してたのよ。ねぇ」
阿武隈のその話を聞いて、モップとバケツを両手に持つ清掃担当の男性がしてやったりと言いたげな笑みを浮かべながらこちらへと近寄ってきた。
「ほらぁ、だから言ったろ? 置いといてよかったよ! 阿武隈はよ、そんな古いもん誰も取りに来ないから捨てちまいなつってたけど、ワシは何かこう、それを見た瞬間ビビッと来たんだ。流石は当事の下っ端とはいえ白鞘の人形師が作ったモンだな。何か不思議な力でもあるんじゃないかなぁ。ヘックシッ」
「あー、そうそう。思い出したわ。確か琴子ちゃんが始めてお客さん向けに作った人形だったのよねぇ」
「んだよ。白鞘の平八さんが『そんな分けの分からんデザインの物作れるか! 先祖代々伝わる製法の由緒正しき白鞘人形を何だと思っているんだ! しかも何だこの依頼料は! 俺はこういう冗談が一番嫌いなんだよ!』つって蹴ったのをよ、娘の琴子ちゃんが陰で聞いてて、お父さんに内緒つって作ったんだよな。しかも無料で! あの子はいい子だわ」
「幸せになるおまじないをかけながら一所懸命願いを込めて作ったから、お客さん喜んでくれるといいなって言ってたわねー。ホント、捨てないでよかったわ!」
「なぁに言ってんだ。捨てろつってたのは阿武隈だろ」
「もう、いいじゃないの。結果、捨てないで送るべき人に渡せたんだから」
こちらの事など気にも留めずに言い合う受付担当と清掃担当。
そんな言い合いも聞こえていないのか、蘇我はただただ、自分の名前が書かれた札のついた包み袋を見つめているだけだった。
なかなか難しいですよね。
いつまでもつか。




