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おんりょうめもりー ~死人達の記憶と刀の少女~  作者: ぎたこん
第一部・第四章・暗闇の中のチキンレース
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4-24-1.幽霊バイク【高橋貫太郎】

 タクシーを運転してウン十年。無事故無違反で過ごしてきた、と言いたい所だが一度だけ大きな事故に巻き込まれてしまった事がある。


 忘れもしない十三年前の事だった。あの日、火徒潟町の友人宅から霧雨市に戻るという婆さんを、貴駒峠を通り霧雨市に向かって輸送している途中、速度超過のバイクがトンネルを抜けて、カーブで突っ込んできて……。

 くそっ、あれさえなければ、あの時勤めていた会社を辞めることも無かったし、私は体を壊す事も無かったし、家族に逃げられる事も無かったんだ。ここを通る度にそれを思い出してしまう。


 命こそ助かったものの、その先は不幸続きであった。乗客と事故相手は死亡し揉めに揉めた。保険に入ってなかったら私もどうなっていたかわからない。酷い事故だった。

 個人的に不幸中の幸いと言えるものは、当時ドライブレコーダーも普及しておらずに、生存者が私だけであった為に、私の証言がかなり押し通ったという所だ。殆どの事は真実を話したが、自身を守る為に少しは嘘も織り込まねばならなかった。

 客の婆さんが急ぎだと言っていたのでかなりスピードを出していたのだが、法定速度は守っていたと嘘をついた。だが、私は唯一生き残ったのだ。そのくらいは許されるはずだ。


 現在は当事とは別のタクシー会社に勤めている。なぜそんな事故を起こしてまでまだタクシーに乗っているのかと言われる事も当時あった。だが、タクシー運転手とはそう言うものなのだ。仕事中に上司の目がないというだけでも気が楽であるし、自分のペースで仕事ができると言うのが手放しがたいのだ。

 それに、さっきはたまたま立ち寄った霧雨市駅で客を拾えたが、ワシは駅待ちでダラダラしてるヤツと違って自分で客を探す目を持っている。だから稼ぎも結構ある。年を取って別業種に転職するより、同業他社へ転職した方が賢明だったのだ。


 そして今は、霧雨市駅に学生を送り届けた後、運良くお客様が見つかり、隣の県にある火徒潟町までお送りした後で、霧雨市に戻る途中だ。火徒潟町は営業区域外である為、降車地が営業区域内である客がいなければ急いで戻らなければならない。タクシー乗務員と言う仕事は時間が命なのだ。表示板も回送にして、焦る気持ちを抑えつつ車を走らせる。


 だが、抑えられない気持ちもある。ここを通る度に思い出すその事故は私の心をイライラさせて全身が熱くなるような感覚に囚われる。だめだ、イライラしてはまた事故を起こしてしまう。あれから十年以上事故を起こしていないと言うのに、ここで事故をしてしまっては台無しである。会社の連続無事故表彰や奨金が無くなってしまう。心を落ち着かせなければ。


 そう思い車を走らせる。もうすぐ件のトンネルだ。落ち着け。落ち着け……。此処を通るのは久しぶりだが、もう、あれから何度もここを通っている。だが、危険に見舞われた事はない。安全運転を心がけ細心の注意を払っていれば問題ないはずだ。

 だが、そんな思いとは裏腹に、早く抜けてしまいたいと言う思いもあってか、アクセルを少し踏み込んでしまう。加速する車は唸りを上げて峠をひた走る。


「……!?」


 トンネル前のカーブに差し掛かった時だった。カーブの向こうからバイクが飛び出してきた。


 急ブレーキを踏む。ブレーキ音と共に車がみるみるうちに減速していくが、このタイミングだと間に合わない。ぶつかる、と思った瞬間だった。それは意外な結果に終わった。前方から飛び出してきたバイクは半透明となり、私の車の助手席側を猛スピードですり抜けて行ったのだ。


「な、なんだ……? 幽霊……か?」


 どっと溢れる冷や汗。心臓の鼓動が早くなる。思わず声が洩れ、辺りを見回すが、周辺にはバイクどころか私以外に走行している車輌は一台も見当たらなかった。

 しかし、今のバイクには見覚えがある。昔私を事故に巻き込んだバイクにそっくりであった。そして、すり抜けていったライダーには何か違和感があった。一瞬の事であったので何かは分からなかったが。


「疲れてるのか……? 幻でも見たか……」


 一人でそう呟きながら、ハンドルに手をかけ再び走り出す。

 そう、そうだ。恐らく嫌な事故の事を思い出してしまって、精神的負担が一気に押し寄せてきて幻覚を見てしまったのだろう。

 そう自分に言い聞かせて、トンネルに入ると再びアクセルを踏み込む。早くこんな場所離れてしまおう。今日は疲れているのかもしれない。だからあんな幻覚を見たのだ。早退した方がいいかもしれない……。

 そう思った時だった。ふと、車の周りに違和感を覚えた。何とも言えない悪寒が背中を這い上がってくる。


「は、はやく抜け……」


 震える手でハンドルを握りながら、ふとバックミラーを見る。そこには一台のバイクの姿があった。トンネル内のオレンジ色に灯るライトで色はよく分からないが、直感で感じた。先程のバイクだ。だが、そのバイクにまたがる人間の姿は普通の人間とは何処か違っていた。

 頭が、頭が無いのだ。私の見間違いではない。先程の違和感はこれだったのか。何度ミラーを覗き込んでもヘルメットを被っている頭がある部分がまるっぽ無いのだ。


「ひぃ! な、なんだ!?」


 そういえば最近、この峠で事故がやたらと多いと同僚が言っていた。私も新聞の小さな記事を見てその事は知っている。

 まさか、まさかコイツの仕業なのだろうか。そう思うと、一気に恐怖が押し寄せてきた。ハンドルを握る手が震え始め、手元が危うくなる。


 早く逃げたいと言う思いを抑えきれず、ミラーから目を逸らし前を見る。結構な速度で走っているはずなのにトンネルの出口がまだ見えてこない。急激にこみ上げてきた恐怖に口や喉がカラカラになってきた。ワシは、ワシはどうなってしまうんだ。


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