1-0-2.破滅の始まり【伊刈早苗】
最終更新日:2025/2/25
お前たちに……お前たちに……!!
「一生消えない、一生償うことのできない記憶を刻み込んでやる!」
私の頭に渦巻く言葉が、ガアッと大声となって口から溢れ出ていた――普段の私からは想像もつかない、震えと狂気が混ざった叫び声が、喉を突き破るように響く。自然と漏れたその声は、地上でざわめく部活中の生徒たちを静寂の渦に巻き込んだ。もう止められない――もう誰も私を止められないのだ。
「私は生きている! おもちゃじゃない! お前たちと同じく血が流れ、さまざまな思いを抱えている! 楽しい時には笑い、悲しい時や辛い時には泣く!」
もう、恥ずかしさなどない――見下ろす先にいた生徒たちは、冬の夕暮れの薄暗い空の下、屋上で叫び声を上げる私を見て――夕焼けの赤みが、私の顔を血のように染める。何事かと動きを止め、足を止めてこちらを見上げている。
「お前たちの記憶に、一生消えない、死んでも消えない後悔を植えつけてやる! お前たち全員が加害者だ! 覚悟しておけ! もう……後悔しても遅いからな!!」
下ではこちらを見上げながら、ヒソヒソと何かを囁き合い、笑う者もいる――叫んでいるのが私だと気づいて、どうせ何もできないだろうと軽んじているのだろう。
何もできない……――そう、今までの私なら何もできなかった。でも……今は違う。
[オンショウ、シンジュツは我が生へのエサとなりて……そなたの手助けを、冷たい手で引き受けた]
ふと、何処からともなく響いてきた不思議な声――その謎めいた響きは、私の心に安らぎを与えてくれた――後押しをしてくれている。この声に従えば、私の願いは叶うのだ――ああ、今ここから飛び降りれば、声の主がすべて解決してくれるんだと――なぜかそう思った……思わされた。
え? シヌ――シヌ? シンデシマウノ? ワタシが? なんで? 私は何も悪いことをしていないのに、なぜこんな……!
だが、ここに来て頭が混乱し始める――なぜ私が死ななければならないのか――当然の疑問が心に浮かぶ。死ぬべきなのは、私をいじめた者たちではないのか? なぜいじめられた私が死ななければならないの?
突然、心が揺らぎ始める――絶望、憎悪、恐怖……さまざまな負の感情が頭の中で入り乱れる中、一度決心した意志が揺らぐ。
そして、父と母の顔が頭に浮かんだ――私を見て優しく微笑む二人の笑顔――私が死んだら、両親がどれほど悲しむだろうか? そんな思いが頭をよぎる。
[最後に言ってやれ]
最後に? 何を? ああ、そうだ――私だけが死ぬのは不公平だものね。
だが、そんな疑問や両親の顔は、不思議な声によって払拭された――同時に、涙がとめどなく溢れてきた――なぜ泣いているのかわからない――何に対して泣いているのかがわからない。
まるで雑念が何かに吸い込まれたかのように、すっきりと消え去る――不思議な感覚が体を包む――今から死ぬことを喜んでいるかのように、全身を血が駆け巡るのが感じられる。
そう、みんなを地獄に引きずり込んであげないと――私と同じ……いや、私以上の苦しみを味わわせてあげないと――神様はいるのだ――実際に私にこうして語りかけてくれているもの。
涙を流しているはずなのに、悲しみではなく、喜びの感情が湧き上がった。
「お前たち! 皆殺しだ!! アハハハハハッハ!」
笑ったのはいつぶりだろうか――だが、楽しくて笑ったのではない――これからあいつらを殺せると確信できたことへの喜びによる笑いだ――私が直接手を下す必要はない――あいつらが地獄に落ち、苦しむだけでいい。
屋上の冷たいコンクリートに立つ私の足元から、夕焼けの赤みを吸い込んだ黒い霧が、ジワジワと静かに立ち昇る。その霧は、足を包み込み、皮膚を黒く、冷たく染め上げる。その霧は、彼女の足を徐々に包み込み、皮膚を黒く染め上げる。彼女の目が赤く輝き始め、唇から漏れる「コ、ロ、セ……」の呟きが、風に乗り、校舎全体に不気味な響きを広げる。
遠く、こんなに離れているのに、見下ろすグラウンドにいる生徒たちから漏れる笑い声が聞こえる――私をいじめ抜いた者たちの声。その瞬間、私の心が完全に呪いに飲み込まれ、私の手には透明ではあるが鋭くとがった爪が現れるのが感じ取れる。爪は血を吸うように輝き、彼女の憎しみを具現化する。
「すべてを……焼き尽くす……。」グラウンドにいる生徒たちには聞こえていないであろう呟いた私の声は、もはや人間のものではなく、冷たく、粘ついた闇そのものの響きに変わる。
その言葉を最後に、足を一歩前に踏み出す――心臓がドクンと置いていかれたような、ふわっとした感覚と共に、体が宙を切る。夕暮れの赤い空が視界を歪ませ、風がビュウと唸る中、落下する私を包む空気が、奇妙に心地よい。でも、それは一瞬――地面に激突する「ドスッ」という重い音が、薄暗い夕暮れを切り裂き、身体のあちこちが砕ける痛みが全身を駆け巡る。だが、その痛みもすぐに収まり、僅かに残る意識の中で、生徒たちの悲鳴が聞こえる――消えゆく視界の先に……逃げ惑う、あいつらの姿がぼやける。
私の魂が闇に飲み込まれる瞬間、黒い霧が身体から溢れ出し、心の中で渦巻く「コロシタイ、コロシタイ」の叫びが、呪いの力となって蘇る。
これで、もう辛い思いをせずに済むんだ――逃げられるんだ。
逃げられる……。
お父さん、お母さん……。
ごめんね……。
冷たい空気が肌に突き刺さる。
私は鳥にはなれない。
地を這いつくばる醜い蟲。
◇◇◇◇◇
蘇えりかけた記憶が再び消え去る――この記憶だけではない――今まで生きてきたすべての記憶が――頭の隅から黒く染まり、ゆっくりと塗りつぶされ、消えていく。
ここはどこ? 私は死んだんじゃないの?
お父さんは? お母さんは? 夢だよね? 私、死んでないよね?
[そなたは死んだ]
いやだ……! まだ生きていたかったのに! やりたいこともたくさんあったのに! なんで私がっ!
[そなたのやりたいことはこれから叶う]
「ア、ア、ア、ア、ア、ア、ア、!! ウアアアアアアアアアアアアアアア!!」
体が熱い――焼けるように暑い――頭が、足が、手が引き裂かれるように痛む。
痛みと共に考える力が失われていく――残るのは唯一つの感情――それは〝殺意〟――死の瞬間にとどまった感情――その感情と共に、私の体が勝手に動くのがわかる。
僅かに残る視界の中に、血まみれの人間の残骸がぼやけて見える――私は人を殺している――死んだ私が、人を死に至らしめている――見たことのあるニンゲン――私を苦しめていたニンゲン――いい気味だ――潰れろ、汚いメダマ、潰れろ――私をミテイタ薄汚れた、濁った目玉、ツブレロ。
「ガアアアアアアアアアアア!!」
私の叫び声だけが、果てしなく広がる黒く暗い夜の世界に響き渡る――私を救ってくれなかったこの世界に、復讐を――。
ワタシヲ コンナニシタヤツラヲ ミナゴロシニシテヤルノ。
ワタシヲ サゲスンダメデミタヤツラノメダマヲ エグリダシテヤル。
ゼッタイニ ヒトリデハ シナナイカラ。
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