4-19-3.ストラップの記憶【陣野卓磨】
「お兄ちゃんのばかぁ!!」
視界が明けると同時に突如聞こえる女の子の声。何処かの民家だろうか。
「すまんすまん、急に飛び出してきたから……」
そう言うお兄ちゃんと呼ばれた男は、床に落ちた奇妙な塊を見つめて申し訳なさそうに女の子に謝っている。
お兄ちゃんとは呼ばれているもの、かなり年が離れている様に見える。
どこかの学校の制服を着ているところを見ると、俺と同じくらいか一つ上くらいだろうか。その頭は金髪で耳にピアスなどもつけており、完全に俺とは正反対のタイプの学生だ。
女の子はと言うと、幼稚園児くらいに見える。
そして見た所、男が言っている『こんなモン』とは、廊下に落ちている白い物体だろう。
それは紙粘土か何かの様で、何処かから落ちたのか原型を留めないほどひしゃげて潰れてしまっている。
「ほ、ほら、兄ちゃんがまた作ってやるから怒んなって」
そう言う男の手にはスマホが持たれているのが目に入った。そして、そのスマホには埴輪の小さな人形が付いたストラップが付いている。だが、今俺が手にしている物とは違う。ストラップの紐部分が金属の小さな鎖になっているし、色や人形の形状が若干違う。
「お兄ちゃんが作ったら私が作ったやつと違うもん! お兄ちゃんへたくそだもん! げいじゅつわかってないもん! 折角お母さんに見せようと思ってたのにぃ! あーん! はにまるがー! はにまるがぁ~!」
女の子はそう言うと、堪えきれなくなったのか泣き出してしまった。
よく見ると、女の子も片手に携帯ゲーム機を持っており、それにもストラップが付いていた。こっちの方は、今まさに俺が持っているストラップと同じである。携帯ゲーム機の画面は汚れて、少し粘土が付着している。この上に粘土細工を乗せて運んできた所に兄がぶつかって落としたというところだろうか。俺がそれに気付いた直後、携帯ゲーム機は女の子の手を離れて廊下へ落下し、鈍い音を立てる。
〝弱ったな……これから七瀬さんとこ行かなきゃなんねーのに……娘さんいるっていうからプレゼントの相談を……。早く行かねぇと、その後のバイトも……〟
金髪の声が聞こえてきた。だが、それは金髪の口から直接呟かれたものではなく、心の声が俺の方に直接伝わってきた感じだった。
そして、七瀬という名前が出てきた。もしかして、この人が七瀬刑事の言っていた『俺が世話を焼いていた悪ガキ』なのだろうか。
金髪がそんな事を思いつつ困り顔で頭を掻くも、もちろん女の子はそんな事情を汲めるはずもなく泣き続ける。
「母さん! 母さーん! ちょっと悪ぃ、俺急いでるから智佐子頼むよ! 粘土は戻ったら何とかすっからさぁ!」
すると奥から女性が出てきた。恐らく呼ばれた母親だろう。
「ちょっと啓太郎さん、また智佐子泣かせたの!? もう、俺は改心するとか昨日言ってた癖に、すぐこれなんだから」
「ちげーよ、ちゃんと謝ったし、落とし前はつけるっつってんのに、智佐子が泣き止まねぇんだよ。俺、用事あるしその後もバイトあっから後頼むわっ」
「ばかぁ! ばかぁ!! わーん! おにいちゃんなんかしんじゃえばいいのにぃ! わー!」
そんな女の子の泣き声から逃げるように、啓太郎と呼ばれた男は家を出て行ってしまった。
泣き止まない女の子を宥める母親。それでも泣き止まない女の子。そんな風景が次第にぼやけ、視界が白くなっていく。




