4-16-4.月見うどん【陣野卓磨】
そうだ、霙月だ。霙月だよ。友惟は嫌でも俺は別にいい。
なんとしてでも面倒臭いイベントを避けたい俺は、必死で知恵を搾り出す。
「おい、俺を連れて行くって事は霙月を誘って行くぞ。思い当たるのはアイツしかおらん。それでもいいんだな?」
「は?」
友惟の顔が一瞬凍る。そう、これ以上の脅し文句は無いだろう。デートに姉が一緒に行くなど、保護者同伴デートのようなものだ。
「何言ってんだよ! 俺の事を表から裏まで知っている姉貴を連れて行って俺に何のメリットがあるってんだ! お前は俺を破滅の道へと導きたいのか!? だからよ、卓磨が影姫さん連れてきてくれれば丁度ダブルデートみたいになるじゃんよ!?」
「いや、だからアイツは無理だって。兵藤とか七瀬とか連れて行ったほうが盛り上がるんじゃないか? 男はあいつ等に適当に連れて来てもらえよ。事情を話せばよ、顔広いだろうから、頼りになるヤツ連れて来てくれるんじゃないか」
「それこそ無理だろ! あんな奴等連れて行ったらたちまち噂が広まっちまうだろ! その上でフラれたら俺は次の日からどんな顔して学校に行きゃいいんだよ!」
それもそうか。
俺だけでなく、二階堂と三島もその言葉には納得している様子だった。
「陣野殿、引き受けてやるでござるよ。それが男の友情と言うもの。それに、姉弟とはいえ、最近再会したばかりなのであろう? たまには一緒に遊びに行くのもいいと思われますぞ」
二階堂が謎の哀愁を漂わせながら友惟の後押しをしてきた。コイツにとっちゃ他人事だしいい気なものだ。三島も呑気にうどんを啜りながらこちらに視線を向けて眼鏡を曇らせながら頷いている。
「二階堂! そう、いい事言う! この間もそうだったけど、影姫さんもこの辺の事をまだあまり知らないんだろ? 隣県まで足を伸ばすっつっても、高校生のいける範囲なんだから近場は近場だ。なら色々話をして知るチャンスじゃん」
知らない……といえば語弊があるかもしれない。記憶が飛んでいるようだが、昔ここら辺に住んでいたっぽい感じはする。
しかし、街並みも影姫が住んでいた当事よりはずいぶんと変わっているので、いつもと違う道を眺めるだけでも、何処かへ行くのもいいのかもしれない。
あ、いや、駄目だ駄目だ。何か俺が折れるような雰囲気になってきている。
「どうしてもダメだというのなら、拙者の妹を貸し出し、陣野殿と一緒に……」
「よし、影姫に頼んでみよう」
そう言う俺の言葉に二階堂が固まっているのは置いておいて、なんとなくだが決心はついた。誰のどの言葉で決心がついたかは言わないが決心がついた。
決心をつけるほどの重要事項でもないのだが。
「おお! 引き受けてくれるか! 心の友よ! 俺は嬉しいぞ! 今日は俺の奢りだ! 飲め! 食え! 騒げ!」
「「うおー!」」
叫び声を上げる二階堂と三島。本当に俺達以外に客がいなくてよかった。
「飲み食いは構わんが、あまり騒がんでくれよ。まぁ、なにやら吉報事のようじゃし、応援もかねてちょっとくらいサービスしてやるかの」
二杯目のうどんを運んできたマスターが苦笑交じりに三島の前にそれを置いた。三島は吉報事にあまり関係ないのだが……。三島の前に置かれたうどんを覗き込む。
卵が輝く月見うどんだ。誰も頼んでいない。まさか、何かとうどんを間違えて作っていたのか……マスター。しかし、その言葉に喜ぶ三人の歓喜は誰にも止められない。
「す、すいませんマスター」
「いやいや、恋愛は学生の内に出来るだけした方がいい。楽しむ事じゃ」
そう言ってマスターは笑いながら退散していった。
「すまん、ちょっと騒ぎすぎたな……でだ、卓磨達が来るのは連絡しておくから。出発はちょっと遠いが霧雨駅のバス停だ。日は次の日曜日で集合場所は……そうだな、この面子なら蘇我さんのマンションの前でもいいかな」
「え? そんなんで集合っつったら普通駅前とかじゃないのか……? 蘇我さんの住んでる所って近いの?」
「幸い蘇我さんの家、俺等の家とも近所なんだ。ほら、前に呪いの家ってあったろ? あの向こうにあるマンションらしいわ。あそこなら俺等も近いから集まりやすいし、タクシー呼んで駅まで走れば時間も短縮できるだろ。四人で乗ればタクシー代も安いもんだし。もちろん俺が多めに出すからさ」
「ブッ!」
思わず飲みかけていたクリームソーダを噴出してしまった。まさかここでまた〝呪いの家〟という単語を聞くとは思わなかったからだ。
「どした」
「いや、器官にうどんが……」
「お前……うどん食べてないだろ……」
しかも、あのマンションと言えば伊刈夫妻が自死に偽装して殺され屍霊となった場所と言っても過言ではない場所だ。何の因果か分からないが、前に出会った屍霊達の残した遺物が俺に付きまとう。
何も起こらなければいいのだが。




