4-13-2.埴輪のストラップ【七瀬厳八】
「これはな、俺の趣味とかそう言うのじゃないの。菜々奈のプレゼントでもない。でもな、大切な物なんだ」
影姫からストラップを受け取りつつそう説明する。
受け取ったストラップの金具は少しひしゃげてこのままでは再びスマホケースに取り付けることは出来なそうだった。
「さっき言ってた、俺が世話を焼いてた悪ガキの妹さんがくれたモンなんだ。もう古いし、金具が弱ってたのかもな。あの妹さんも、年はお前等と同じくらいじゃないかなぁ……」
妹さん、名前何つったかな……蘇我、蘇我……よく思い出せんな。年がかなり離れてたし、血の繋がった兄妹ではないとは聞いたが、元気で幼いながらにハッキリとモノを言ういい子だったな。
啓太郎の葬式の時は分けも分からずきょとんとしてたが、今はもう流石に分かってんだろうな。
「大切な物ならもっと大事に扱え。バチが当たるぞ」
俺がしんみり思い出に耽っていると、そんなものお構い無しに影姫が鋭い一言を付きつけてきた。
俺には思い出に耽る事も許されないのか。
「わぁーってるよ! んったく」
受け取ったストラップをスーツのポケットに突っ込みつつ、腕時計を見る。指す針は既に二十二時を過ぎていた。
そんなに長居をするつもりは無かったのだが、電話をしていたという事もあり、思ったより時間が経ってしまっていた。
「とりあえず今日はもう戻ろう。これ以上ここにいても仕方が無いし、時間も時間だ。警官が未成年を夜に連れまわしてるなんて、あまり聞こえが良くないしな」
「ですねぇ」
九条は俺の言葉を聞いてそう言い、車の方へ向かって歩き始める。それに続く陣野と影姫。俺もそれに続く。が、その時だった。
〝喰わせろ~……〟
耳に入ってきた不気味な声。
低くくぐもったその声はハッキリと聞こえたのだが、他の三人はそれに気が付かなかったかの様に、車へ向ける足を止めない。それどころか辺りを見回す様子すらない。
いつの間にか、近辺に他に人が来ていたのかと思い辺りを見回すがそんな雰囲気は微塵も無い。それに、こんな峠道のど真ん中だ。夜も更けたこんな時間に車やバイクも走らせずに徒歩で誰かが来るとも考えにくい。
「お、おい、ちょっと待て。今何か聞こえなかったか?」
俺のその声に足を止め振り返る三人。
顔を見ると三人が三人とも不思議そうな顔で俺の方を見ている。まるで俺が妄言を吐いているみたいではないか。
「何かとは何だ」
「何も聞こえなかったっすよ。風の音か何かを聞き間違えたんじゃないっすか?」
九条にそう言われ思い返してみる。風……自然の音を聞き間違えちまったってのだろうか。いや、確かに人の言葉に聞こえたんだが……。しかし、俺にしか聞こえてないという事は、やはり俺の聞き違い……または幻聴だったのだろうか。
俺がそんな事を考えていると、影姫は一人、車の脇にある雑草の覆い茂っている場所へと足を向ける。向かった場所にあるのは一体の地蔵だった。
「ふむ……」
そして一つ頷くと、こちらへと向き直る。
「身を隠している屍霊もそうだが、世の中には人の目では見えていないモノも多い。だが、その全てが人に害あるモノと言う訳でもない。大方、そう言う存在の発した声が聞こえたのだろうよ」
そう言うと影姫は地蔵の前に屈み、着物の裾から饅頭が一つ入ったビニールの包みを一つ取り出すと地蔵の前に供えて手を合わせた。
手入れのされていない地蔵の足元はコケだらけで、前掛けだったであろう布もボロボロで首に辛うじてひっかっかっている程度だ。
今、俺が聞いた声はこの地蔵の声だったとでも言いたかったのだろうか。




