1-9-2.刀【陣野卓磨】
最終更新日:2025/3/4
何故か無性に置かれていた長い物が気になった俺は、もぞもぞと起き上がり、それを手に取ってみた。
手に伝わるズッシリとした重み。包まれていた布は袋状になっており、紐で括られ、封印されていた。
骨董品だとすれば、無闇に触るのは良くないし、勝手に封を解くのも問題だと分かっているのだが、俺の心と行動には矛盾が生じていた。
紐は固く結ばれているように見えたが、思いのほか軽くほどけた。紐を解き、中身が何なのか確認する。
するすると布袋を下げていくと、中から姿を現したのは刀だった。
蜘蛛のような八本足の虫を思わせる紋様が描かれ、所々に美しい装飾を施された鞘に納刀されたその刀からは、気品さえ感じられた。
観賞用の模擬刀だろうか?
そう思って、少し鞘から刀を引き抜いてみる。
切れ味の良さそうな刀身が中から姿を現した。
その刃はまるで鏡のように美しく、部屋のペンダントライトから照らされる光を反射し、まるで刀自身が怪しくも美しい光を放つように見えた。
最初は少しだけ見るつもりであったが、俺の心はその刃の美しさに魅かれ、全容を確認したいという衝動に駆り立てられた。
少しずつ、ゆっくりと丁寧に引き抜く。刀身の背と鞘が擦れる音さえ心地よく感じられる。そして、刀身を全て引き抜こうと柄を握る手に力を込めたその瞬間であった。
意識がまるで別の場所に飛ばされたような感覚に陥り、目の前が真っ白になった。続いて目の前に現れるのは、見慣れぬ光景である。繋ぎ合わされた動画のように、幾つもの場面が断続的に流れる。見知らぬ景色、見知らぬ人物たち。そして、聞き取れない会話。
いや、見知らぬ人物だけではない。その中には見覚えのある人物もいた。
俺の祖父……今より若い。横には祖母もいる。それに父さん、母さん……。小さい頃の俺や燕……。
そして、流れる幾つもの映像。
『貴方たちは私が命に代えても守り抜いて見せます』
『■■、命に代えてもなんて自分の命を軽々しく扱うんじゃない。この子達が死ねば悲しむ人がいるように、君がいなくなっても悲しむ人もいる』
『私が死んで悲しむ人などこの世界には……』
『少なくとも俺は悲しむけどね。少しの時間だが君とは苦楽を共にした。かけがえの無い時間を過ごした仲間の死を悲しまない人間がどこにいる』
『……』
何なんだろう、この映像は。父さんと話をしているのは白髪の女性である。後ろ姿で顔は見えず、服装も映像がぼやけてよく分からない。ただ分かるのは髪が白く長いということだけである。でも、見知らぬ……はずだ。見知らぬ、のか? 見知らぬはずだ。
『◆尺の力は今までのそれとは比べ物にならない。最悪の事態も考えた上で行動を取るべきだ』
『だからこそ』
『俺は君の話は信じている。だからこそ君一人には任せられない。共に戦う人間を信じろ。俺も、或▲も、●●達も皆協力してくれる。信じるんだ』
『……』
そして、最後に流れた映像である。時折雑音が混じるものの、この場面の会話は少し聞き取れた。父さんと白髪の女性が何やら話をしている。
『君の長い旅も、恐らく次で終わる……長い間、この世界の人間の都合に付き合わせてすまなかったな……』
『何を言うのです。数多の未来を救えるのならば、栄誉あることです。私がかつて過ごしていた未来へ帰る事は出来ないが、私達がこれから生きる未来は守ってみせます……』
白髪の女性に抱えられた父さんは、その言葉を聞いて笑顔を見せ、全身の力が抜けたように体をしなやかにした。
映像が終わり、再び視界が白く包まれる。全身から力が抜け、意識が遠のいた。
昨日今日と色々あったし、疲れてしまったんだろう。俺はそのまま眠りについてしまった。
眠りに落ちる直前、白髪の女性の後ろ姿が脳裏に浮かび、俺の胸に何処か懐かしくも安心を覚えるような、しかしその理由も彼女の存在もわからない不思議な感覚が残った。




