4-11-3.事故現場【陣野卓磨】
「着きましたよ」
九条さんがサイドブレーキを引き、エンジンを切る。
エンジン音が消えたその場は、暗いだけではなく何の音もしない、どことなく寂しく恐怖を感じる空間となってしまった。
動物や虫の鳴き声もしない、耳を澄ませば「シーン」と聞こえてきそうな静寂さである。唯一つ、その空間で雑草に囲まれてぽつんと設置されている地蔵が、怖さを一層引き立たせていた。
俺を含めた四人は車を降りると辺りを見回した。そして七瀬刑事の後に続きトンネルの方へと歩いていく。
「今日もここで事故があったらしくてな。散らかってるだろ」
七瀬刑事が懐中電灯で地面を照らすと、道には車の部品らしき残骸や破片がちらほらと落ちていた。ガードレールにも大きな擦り傷が幾つもついており、ガードレール自体も所々歪んでいる。
それは一件の事故でつくような量ではなかった。幾人もの運転手がハンドル操作を誤り、ここに車を擦りつけたのだ。
「トンネル内で壁にぶつかったらしいんだがな……偉い所まで吹っ飛んできてるな。別の事故の跡かも知れんが、こりゃ一歩間違えれば危なかったな」
七瀬刑事は誰に語りかけるでもなくブツブツと言いながら、頭を掻きつつ辺りを見回している。
「影姫、何か感じるか?」
影姫はガードレールから斜面の下を見下ろしている。俺はそれに近づきスマホのライトで視線の先を照らす。
だが、広がる夜の闇に対してスマホのライトは非常に弱々しく、遠くの先までは照らす事が出来ない。
「感じるか感じないかと言われると、私もよく分からん。屍霊が今まさに今、近くで出現していればはっきりと分かるが、いるのだとしても姿を消しているのだろう。屍霊だって馬鹿じゃない。自分を感知する者が入るかもしれないと言う事くらい分かっているさ」
「そうか……」
「ただな……」
影姫はそう言うと顔を近づけてきた。ほんのりと漂う洗髪剤の甘い香りが鼻近くを漂い、思わず一歩引いてしまう。
「先程のバイク、七瀬の話を聞いて言い出し難くなってしまったのだが、あれは屍霊だ。間違いない」
「え、じゃああいつが事故を引き起こしているのか?」
「いや、卓磨も感じたかもしれないが、どうもそういう風には見えなかったし、敵意が感じられなかった。だから私も臨戦態勢を取らなかった訳だが……どこか、今までに出会った屍霊とは違う感じがする。なんというか……うまく言えんが……屍霊であって屍霊側でないというか」
影姫の言いたい事は分からないでもない。車の速度を下げると消えた首なしライダー。まるで俺達が事故を起こすのを未然に防ごうとしているような行動にも見て取れた。
「じゃあ、事故を起こして人を殺そうとしているのは、やっぱりターボババアの方が?」
「恐らくそうだろう。だが、そっちは事故を起こした人間の目撃情報を聞いただけで存在の確証が取れていない。仮にいるとしても、どういう条件で出てくるのか等が全く分かっていない。七瀬に、ここで起きた事故全ての詳しい情報を聞いた方がいいかもしれないな。今すぐには結論はだせない」
それもそうである。とりあえずは必要な情報を揃えないと、現場を見ただけで話にならない。
「後だ、これはあくまで私の予想なのだが……」
「なんだ?」
「ターボバババアの方なんだが、もしかしたら卓磨が記憶で見た……」
微妙に噛んだのが気になったが、影姫の言いたい事は分かった。言われて見れば俺もそうなのではないかと思えてきた。
高速で走る老婆。斜面に突き落とそうとする行動。人を傷つけようとしている。そして、俺が見た映像の老婆。老婆と言う部分しか繋がりは無いが、貴駒峠に出現しているターボババアは恐らく柏木さんの……。
しかし、また屍霊か……まだ新学期に入ってから二ヵ月も経っていないと言うのに、忙しい事だ……。




