4-11-1.速度超過【陣野卓磨】
ブオオオオオオ……。
九条さんが運転する車。同乗しているのは、俺と影姫、七瀬刑事だ。
「もうちょっとで貴駒峠に入りますよ。いやぁ、ざわざわしてきましたねぇ」
九条さんが運転しながら何やら少しニヤニヤしている。ある程度の説明は車中で七瀬刑事から聞いたが、屍霊かもしれないという事案がそれほどまでに嬉しいのだろうか。
俺は逆だ。屍霊となんて極力合いたくない。いつも心臓が張り裂けそうなほど鼓動が早くなり、怖さで頭が真っ白になるからだ。いつも、文字通り寿命が縮む思いなのである。
「嬉しそうだな。アイツは頭のネジが何本か外れているんじゃないか? 普通の人間ならあんなモノに会いたくないだろうに」
影姫もその様子に呆れている様子で俺にボソボソと語りかけてきた。
だが、そのボソボソは九条さんの耳にも入っていた様で、バックミラー越しに此方に視線を向ける。
「君は嬉しくないの? この間はあんなに活き活き戦ってたのに。まるで屍霊と戦う事が自分の使命と言わんばかりの動きだったけどねぇ」
九条さんの皮肉めいた言葉が影姫に投げかけられる。使命だと言われれば、半分当たっているようなものだが、影姫はその事に関して返事はしなかった。フン、と鼻息を一つつくと、顔を窓の外へと向けそっぽを向いてしまった。
「コラ、九条。あんなモンの相手を好きでやる奴がいるわけ無いだろう。俺達は今、依頼してる立場なんだ。良い年した大人が子供をあんまりからかうんじゃない」
「はは、すみません」
七瀬刑事の叱咤の言葉に軽く謝罪の言葉を述べる九条さん。そう言っている間にも車は国道を走り続け、辺りはもう山道に入り建物は一つも見えない。ちらほらと設置された外灯だけが曲がりくねる道路を点々と照らし続けている。それでもその灯りは心もとなく、闇に溶け込んだ峠道を照らし出すには物足りなく感じた。
「卓磨君、ホンとすまないね。もっと明るい時間に連れて来れればよかったんだが、事が事だ。屍霊が関わっているのかどうかと言うのを出来るだけ早くはっきりさせておかねばと思ってね。とりあえず今日はそれだけでも分かれば十分だと思っているから、時間は取らせないつもりだよ」
「いえ、大丈夫ですよ。どうせ家にいても暇ですし……」
「数学の宿題が出てたな。卓磨はやったのか?」
暇と言う言葉に反応し、間髪入れずに影姫がニヤ付きながら横槍を入れてきた。
「う、うるさいな……影姫だってやってないだろ」
「ふーん? 私はもう終わらせたぞ。あんな証明問題、三十分……いや、十分もあれば終わらせられるだろう」
「いつのまに……。俺には無理なんだよ……だいたい何で図形が図形である証明なんてしなきゃならんのだ。見れば分かるだろ見れば……後でプリント写させろ」
「アホ言え、写したら勉強にならんだろう。分からん所は教えてやるから自分でやってみろ」
そんな俺達のやり取りをミラー越しに見ているのか、苦笑を浮かべる七瀬刑事。
「はは、学生は大変だな」
「証明問題なんてパターン覚えればすぐっすよね」
クソッ……、九条さんまで。宿題なんて意味の無い物、消えて無くってしまえばいいのに……。大体、宿題って何の為にあるんだ。証明問題って何だ。あんな物将来使う事があるのか……。
「おい、九条」
「なんすか?」
俺が悔しさに拳を震わせ俯いていると、七瀬刑事が何かに気がついた様に九条さんに声をかけた。
「ちょっとスピード出しすぎじゃないか? まだ現場は先だっつっても、この峠道は危ない場所が多いんだ。後続車も無いんだから安全運転でいけよ」
「大丈夫っすよ先輩。僕の運転技術知ってるでしょ?」
九条さんがそう言うと、更に車のスピードが上がったような気がする。
「馬鹿野郎! 運転技術云々の問題じゃねぇだろ! 仮にも俺らは警官なんだ。俺ら二人だけならまだしも、高校生二人乗せてんだぞ! スピード違反して万が一事故でも起こしたらどうする!」
七瀬刑事は助手席から運転席にいる九条さんのほうを向いてそう叫ぶと、視線をこちらに移し何やら目をしかめている。そりゃあ俺達のような一般人を乗せている状態で赤色灯もつけないで法定速度を守らないで走るような事があれば、心に刺さるものもあるだろう。
だが、七瀬刑事の視線は俺や影姫を見ているのではなかった。
二人の間を通り越して、車の後ろを見ているのだ。
何かと思い、俺も上体を捻らせ後ろを見た。
視線の先、後ろからはバイクが一台追いかけてきていたのだ。




