4-10-1.陣野の家へ【七瀬厳八】
「先輩、そろそろ着きますよ」
「ん? ああ」
今、俺達は陣野の家に向かっている。調査をするなら少しでも早い方がいいだろうと思った為だ。
もう日も落ちて辺りも暗い。だが、貴駒峠の事故に万が一にも屍霊が関わっているとなると、後々《のちのち》取り返しの付かない事にもなりかねない。善は急げである。幸いまだ就寝するような遅い時間でもない。少しでも話を聞ければと思い、車を走らせている。
「こんな時間に高校生連れ出して大丈夫っすかね。最近、青少年がーとか色々五月蝿いじゃないっすか」
「もしだな、貴駒峠の事故に屍霊が関わってるんだとしたら、んな事言ってる場合じゃないだろう。ちょくちょく死人も出始めてるんだ」
「まぁ、それはそうですけど……あ、見えてきましたね」
話していると陣野の家が見えてきた。通る道には元御厨の家がある。明かりはついておらず人の気配も無い。
御厨夫妻は事件があった後、ここから引越してしまったと聞いている。この家を見ると思い出してしまう。自分が目の当たりにした化け物、目玉狩りの姿を。
そして今思えば、俺が最近起きている屍霊と呼ばれる化物が引き起こす事件を最初に認識したのもこの場所だったのだ。
最初は目の錯覚か何かだと思っていた。だがあの日、俺は見ていたのだ。ディスプレイに映る目玉狩りの姿を。
「先輩、着きましたよ」
音も無く車が停まる。九条は車の運転が非常にうまく、停車する時もガクッとなる事が極めて少ない。
車から降りて家を見ると、一階の明かりはまだ点いていた。腕時計を見ると二十時十分を指している。時間的にもまだ寝ているなんて事はないだろう。
手を伸ばしインターホンを押す。
少しすると、家主である陣野千太郎の声が聞こえてきた。
『はい』
「あー、お久しぶりです、霧雨署の七瀬です。ちょっとお願い事ととなんと言うか……ちょっと野暮用がございまして寄らせていただいたんですけど……えーっと……」
『少し待ってください、今そちらに行きますので』
俺の歯切れの悪い言葉に疑問の声も上げずに、陣野の祖父はそう言うとインターホンを切った。
「先輩、用があるのはお孫さんの方でしょ? もうちょっと言う事まとめてからインターホン押しましょうよ」
「い、いや、まとめていたつもりではあったんだが、言いそびれてしまった……」
ガラガラと音を立てて木製の引き戸が開き、陣野の祖父が姿を現す。前に一度会っている為、警察手帳を出す必要も無いだろうと思い、とりあえず一礼する。
「こんな時間に警察の方がお願い事とはなんですかな?」
「いえ、ちょっとですね、卓磨君と影姫さんに用だったのですが……」
俺のその言葉を聞き千太郎の表情が少し締まるのを感じた。
「どう言ったご要件か先にお伺いしてもよろしいですかな? 時間も時間ですし、ワシも一応二人の保護者でありますゆえ」
心なしか声の低くなる千太郎氏。それは保護者として尤もな意見である。しかし、屍霊関連で現場を見てほしいなどと言えるだろうか。二人はともかく、俺は千太郎氏がこういう屍霊事件について知っているのかどうかというのが分からない。大体、創作物やらでは親に隠してそういう活動をしているというパターンが多いと記憶しているが……そうとも言い切れないし、何と切り出していいものか。
「え、えーっとですね、なんというか……」
何と説明していいのやら考えながら口をもごもごさせていると、スマホの着信音が聞こえてきた。音色からして俺のスマホである。
「あ、ちょっとすみません……」
九条にアイコンタクトで後は任せたと伝えると、玄関を離れ乗ってきた車の近くでスマホを手に取る。画面に表示されているのは『柳川』の文字。電話は署にいる人間からかかってきたものであった。




