1-9-1.置かれていた物【陣野卓磨】
最終更新日:2025/3/4
「はぁ……」
居間にある古木のテーブルが冷たくて気持ちいいと感じた。
喫茶店での不快な出来事を思い出すだけで苛立ちが募り、火照る頬を冷たいテーブルに押しつけて冷やしていた。実際には叩かれた場所に熱はないはずだが、俺の荒れた心が頬を熱く感じさせていた。
今日という日は俺にとって散々な一日だった。ゲームの購入は叶わず、昼食を抜きで気の抜けたコーラだけを飲み、兵藤に平手打ちを喰らう事態に陥った。
さらに帰宅後、燕に厳しく怒られた。夕食の買い物当番を忘れていたためである。
多方面にわたる疲労に苛まれていた俺は、燕に反論する気力もなく、ただ怒鳴られるだけだった。最初の計画では、学校が終了した後にゲームを購入し、商店街で買い物を済ませて速やかに帰宅するつもりだったが、喫茶店での出来事によりその計画は完全に崩れた。
打ちひしがれた心を落ち着けるために、俺は手を伸ばしてテレビのリモコンを手に取り、電源ボタンを押した。
ちょうど毎週録画予約している『氷炎合体ゼルエリオン』という巨大ロボット物のアニメが始まったところだった。この熱い漢たちの物語が、俺の荒んだ心を紛らわせるはずだと期待された。
俺はぼんやりとテレビ画面を見つめた。画面のアニメキャラクターたちが賑やかに会話する様子が映し出されていたが、現在の荒んだ気分では、普段楽しんで視聴しているアニメを楽しむ余裕がなく、落ち込んだ気持ちは解消されなかった。
ピピピピッ!ピピピピッ!
テレビを視聴していると、突如、作中には存在しないけたたましい効果音が鳴り響いた。画面上部には白い文字が表示され、録画派にとって忌み嫌われるニュース速報が現れた。
「あっ! くっそ! マジかよ!」
俺は思わず声を出してしまった。このため、地上波のテレビが嫌いだという感情が強まった。
ニュース速報は録画にも残ってしまう。録画に残らないように周波数を調整する技術が存在するはずだが、テレビ局は実装を進めない。
代わりに、画質の向上や登録カードの改良など、不要な改良ばかりを行い、金銭的利益を追求する一方で、視聴者の意見は無視されていた。
俺は、ニュース速報が自分には関係ないくだらない内容だろうと推測した。苛立ちと怒りがさらに募り、運が悪い時には次々と不運が続くことを実感した。以前、録画のニュース速報をリアルタイムと誤認し、恥ずかしい思いをした経験もあった。
怒りと苛立ちを抑えつつ、仕方なくテレビ画面を見ていた俺は、流れたニュース速報に目を疑った。
好まぬものでも視界に入る。それがニュース速報である。表示されたのは、例の連続殺人事件に関する内容だったが、被害者の名前が特に注目された。
『本日十七時頃、霧雨市域連続殺人事件で新たな被害者。被害者は霧雨市在住の学生・洲崎美里さん(十六)』……。
霧雨市域連続殺人事件というのは、目玉狩り事件の表向きに使われている正式名称だ……。それよりも被害者の……これって……この名前。去年同じクラスだった奴の名前だ。伊刈を虐めていた奴の一人……。
今年は学園で洲崎の姿を見かけていないため、俺とは別のクラスに編入したと考えられた。
テロップに記された事件の発生時刻はおおよそ十七時頃で、俺が喫茶店から帰路についていた時間帯と一致した。
時計を確認すると、現在は十八時を少し過ぎており、あの時鳴り響いていた救急車とパトカーのサイレンがこの事件に関連していた可能性が浮かんだ。
四人目の被害者ともなると、マスコミの騒ぎ方はさらに過熱し、規模が拡大した。ニュース速報を放送するほどであった。
昨日、御厨の叫び声が聞こえたのもちょうどその時間帯だった。兵藤が述べた「伊刈の呪いが関係者に降りかかっている」という考えが、俺の脳裏をよぎった。
しかし、「そんなことはありえない」とすぐに否定された。
仮にそのような事態であったとしても、俺には直接的な関わりはないと考えられ、考えることは時間の無駄と判断された。隣接する家に被害に遭った住居があるが、俺にとっては一刻も早く忘れたい事件であった。
今日の兵藤や七瀬のように、積極的に関与しようとする好奇心は持ち合わせていなかった。
ニュース速報によってテレビを視聴する意欲を失った俺は、敷いていた座布団を枕代わりに横たわった。
天井の木目を見上げていると、木目が黒く変色したように見え、御厨の死に顔を連想させた。もちろん、天井の木目が実際にその状態になっているわけではなく、俺の疲弊した心が視界をそのように錯覚させていた。
「うぅ~……」
慌てて視線を逸らし、ゴロリと横を向いた。
すると、横を向いた視線の先に、見慣れぬ長い布に包まれたものが壁に置かれているのに気付いた。
高価そうな織物に包まれたその長い物は、祖父が持ち込んだ骨董品か何かの可能性が高いと推測された。普段の俺であれば興味を抱かないだろう。
しかし、その瞬間は異なった。何か特別な引力に引き寄せられたのだ。
壁に立てかけられたその物に、誘われるような感覚に囚われた。
その布の端から、かすかな古びた鉄の匂いが漂い、どこか不気味な気配を感じて、俺の胸がざわついた。




