4-7-2.魔術師の預言書【陣野卓磨】
「え、ちょっと待て。それって……結構危険な物なんじゃないのか?」
異世界の鉱物ってのも気になるが、「厄災の因子を加えて」と言う言葉のインパクトが俺の頭を貫いた。
厄災というモノについての説明を詳しくは受けていないが、厄災って言ったら赤マントみたいな負の感情の塊みたいな物なんじゃないかと思っている。そんな危険な物を持ち歩いていて大丈夫なのだろうか。
「普通に使っている分には、よっぽどでなければ大丈夫だ……と思う。だが、際限ない負の感情や欲望、殺意を以ってそれを使用すれば、中にある微々たる厄災の因子が反応して使用者自身が生きたまま取り込まれて屍霊になる場合もある。それを抑える為にも使用者は精神を鍛えたり様々な術式の取得等をしているのだ」
「え……まじかよ……」
手につけている数珠を見る。
生きたまま屍霊になる……そんな話を聞くと腕につけているのが嫌になってきた。今迄つけていてなんともなかったので、俺程度の負の感情ではそうはならないのだろう。だが、いつ何時そういう感情が爆発するかもわからない。そういうのは突如として襲ってくるものだ。
「嘘を言ってどうする。それがこの石だ。卓磨も心しておけよ。石を身に着けている間はそういう感情を抑えろ。いつまでも怖い怖いと怖気づいていたら、心の隙間に取り入られるかも知れんからな」
「あ、ああ……」
「まぁ、とは言ったがあまり気を詰めるな。卓磨みたいな性格の奴が取り込まれるなんて事は、天地がひっくり返ってもありえないから安心しろ」
そうは言われても。つまり、俺たちが今迄相手にしてきた屍霊は、月紅石を使う俺達とは紙一重の存在であるということになるのか。影姫はこう言っているが、油断すれば俺もあんな姿に……。
「影姫はそういう人を見たことあるのか?」
少し黙り考える影姫。
「大なり小なりはあると思う。全部は覚えていないが……覚えているのは『家族を殺され吸血鬼となった貴族』『理想にとらわれた帝国の皇帝』『欲望にまみれた宰相』『自身の探求心に溺れた研究者』……どれも私が元の世界にいた時の話になるから参考にはならんと思うが……最後は屍霊と同様の消え方で消滅した。言えるのは、どいつもこいつも最後は悲惨だったな」
「そうか……」
「まぁ、あまり気にする事はないかも知れんな。この世界の他の国の事はよく知らんが、この国に関しては他人を大勢殺してまで成し遂げたいと言う野心を持った奴がいるかどうかと言う話だ」
今の話を聞いて気の利いた返事はできない。どこまで本当のことを言っているのか俺にはわからないが、影姫の顔は真剣である。
前からそうであるが、話を聞けば聞くほど頭の中がこんがらがってくる。あまり聞かない方がいいのかもしれない。
だが、もう一つ気になることがある。今話に出た屍霊となった人物達にも通ずる所ではあるのだが……。
「さっきからさ、元々いた世界とかこちらの世界とか言ってるけど、それは何なんだ?」
俺の問いに再び黙りこちらを見る影姫。
「私が生まれ、育ち、死んだ世界だ。私は何人かの仲間と共に、その世界で厄災の人造神と対峙した。そして、決着がつく直前、逃げる厄災の残りカスが生み出した時空の狭間に引きずられて今のこの世界に転移してきた訳だ。だから私は厄災の欠片である屍霊と戦い滅するのだ。元の世界に戻るヒントがもしかしたらあるかもしれないし、私がこの世界に引きずられて来られたのは意味があると思っているからだ。前にも言ったが、いつ起こるかが確定していない確実に起こる事象が、ある魔術師によって予言書に印されている。私はそれを待たねばならない」
「魔術師って? それと予言って……」
「魔術師はリーゼロッテ・グリムという女性だ。私と共にこちらの世界に引きずり込まれた仲間……だが、彼女はすでに亡くなっている。予言書については詳しい事は言えないな……というか、此方の世界に飛ばされてから書いたものらしいから、私も現物を見た事が無いし詳しい内容は知らない」
「知らないのに待ってるのかよ」
「滑稽だと思うか? だが、私も元の世界に帰れるのなら帰りたいのだ。そのヒントが予言書の中にあるかもしれない。そう思うと待つしかないのだ。この世界も住み心地が悪いという訳ではないが、やはり生まれ育った世界が一番だからな。まぁ、卓磨に話してどうなる訳でもないし、それ以上の話しても仕方ないだろう」
「結構思い出してるんだな」
「ある程度はな。むしろ、その辺よりも十二年前に粉砕された辺りの記憶の方が薄い」
影姫は顎に手をあて必死に思い出そうとしているようだが、それもうまく行かないようだ。
「……影姫、お前、一体何歳なんだ?」
色々聞いていて、ふと疑問に思った。
すごく小さな疑問だが、すごく気になる事である。
「わからん。というか、女性に年齢を聞くのは失礼だと先人達に教わらなかったのか? 今は卓磨と同じ十七だよ、十七っ!」
俺の純粋かつ無垢なる唐突な質問に影姫はあからさまに嫌な顔をする。そして、話をしていると信号待ちをしている三人に追いついた。
「お、追いついたか。えらい歩くの遅かったな。神妙な顔して何の話をしてたんだ?」
三人ともこちらを見ている。とても言える様な話ではない。信じてもらえないと言うか、この三人の事だから、言ってしまうと万が一にも信じてしまう可能性がある。そうなるとややこしいし、面倒臭い。
そう言う思いもあるが、それ以上に巻き込んで命の危険にさらしたくない。三島にはこの間の目玉狩り事件の時にあまり深く考えずにやむを得ず手伝ってもらったが、本人には自覚がないだろうし、そういう事も今後はなるべくしたくない。
「い、いや、今日の晩飯についてな……和食にするか洋食にするかで揉めてたんだ……」
「つまらないことで揉めてるのでござるな。それよりマジカルメイドのどの主要キャラ推しかの方が話題が盛り上がろうて。某は……」
そう、こいつらはこれでいい。でも、そんな俺達とはかけ離れた会話内容が、こいつらと俺との距離がどんどんと遠ざかっているように感じた。




