4-5-1.百本橋マジカルメイド喫茶にて【陣野卓磨】
「俺は……俺はもう嫌なんだ!」
ドンッ、と机を力強く叩き顔を伏せる。
それと同時に机の上にある物がガタンと音を立てて倒れそうになり、俺もビクッとなってしまう。俺の幼馴染である烏丸友惟である。その姿を見て同席している二階堂と三島も動揺している。
「烏丸殿、落ち着くでござる! 一時の気の迷いで男の友情を捨てるつもりでござるか!?」
「そうだよ烏丸氏、僕等には僕等の楽しい学園生活があるんだな!」
今、俺達は地元から少し足を伸ばして、門宮市とは別の隣市にある百本橋マジカルメイド喫茶に来ている。
久々に四人で遊びに行こうという事で、同人ショップへ行ってきた帰りである。今日は休日なので店の中も客が多く、友惟の声もその喧騒にかき消される。
「楽しい学園生活って何だ!? 男だけでむさ苦しく語り合うだけなのか? 違うだろ! 例え心を傷つけられたっていい! 俺は甘酸っぱい青春を過ごしたいんだ! カラオケで……デュエットがしたいんだ……」
この話も何度目だろうか。たまに出る友惟の発作である。
要は、友惟が何を言いたいのかと言うと、彼女がほしいのだ。いちいち俺等に相談しなくても、友惟は俺等と違って顔立ちも整ってるし背も高いし、それに金も持っている。告白すればOKなど二つ返事でもらえると思うのだが。
「友惟殿! 某は見損なったでござるよ! 甘酸っぱい青春? いや、真の漢に必要なのは燃えるような熱き友情あふれる青春でござる! 女に現を抜かした腑抜けた青春など、一ミリもいい思い出にはならんでござるよ!」
「そうだよ烏丸氏ぃ! 遊ばれてお金吸われてATMエンドで捨てられるよ! 陣野氏も何か言ってやってよ! フゴッフゴッ!」
興奮した三島が鼻を鳴らしながら俺に振ってきた。この二人はいつになっても女性関係に厳しい。俺も人の事を言えたものではないが、自分達が見た目に気を使って無い癖にモテないというやっかみがあるようで、とても面倒臭い。
このくらい自由にさせてやれと思う。前に喫茶店での件で誤解をされた時も、誤解を解くのに俺も苦労したし、いい加減にしてほしいものだ。
「お、俺は別に……それは好きにさせてやれば……」
「な、なんですとぉ!? 陣野殿! 陣野殿はその言葉を誠の心で発せられておられるのか!?」
二階堂の眼鏡の反射が眩しい。眼鏡を上下にカクカクとさせるたびに反射光が俺の目に飛び込んでくる。
だが、そんな険しい顔の二階堂とは対照的に顔が明るくなる友惟。
「そう、そうだよな卓磨! お前は分かってくれると信じてたぜ!」
目を輝かせ大げさに喜ぶ友惟。そんな俺と友惟を、眼鏡を光らせ見つめる二階堂と三島の二人。
「で、今回は告る相手いんの? また画面の中から出てこないとか言うんじゃないだろうな」
そう、いつも俺以外の三人がこの話で熱くなっている時のオチは、大体それなのだ。
二次元に恋して画面から出てこない、そして俺以外の三人が共感して抱き合い終わる。そんなオチが待っている。
「いる……いるんだ。今回はな」
「なん、だと……」
いつもと雰囲気が違う。二階堂と三島もそれに気がついた様で、生唾をゴクリと飲み込み神妙な面持ちで友惟を見る。
二人のその視線は真剣そのもの。まるで同人ショップで同人誌を物色している時の眼差しである。
「……して、その女子とは?」
いつもと違う流れに動揺を隠せない二階堂が眼鏡をクイッと上げ直すと、さながら尋問をする刑事の様に小声で問いかける。
「それは……」
ゴクリ……。そう言う効果音が聞こえてきそうないつもと違う雰囲気に、全員が固唾を呑む。騒がしい店の中も、俺達の周りにだけ静寂が訪れているかのように皆が集中している。
「は~い! お待たせしましたご主人様~!」
しかし、俺達の緊張で包まれた静寂なる空間は、注文品を運んできたメイドの一言によってかき消されてしまった。




