4-4-3.不審なバイク【七瀬厳八】
「あ、それとですね、そのババアを目撃する前に不審なバイクも見かけたらしいっすよ」
「不審なバイク? 走るババアと何の関係があるんだ。峠道にバイクが走ってるのなんて、そんなに珍しい事でもないだろ。事故を起こしたから何でも怪しく思えるんだよ」
「まぁ、そのバイクが何か関係しているのかは僕にも分かりませんが……何か、ババアが出現する前に煽ってきたらしいですよ」
「あの峠で煽りとか命知らずもいいとこだな……まぁ、あの辺りは昔から走り屋も多いから、そう言う気質の奴もいるか……」
峠道でバイク。こういう話をしていると思い出す。十三、四年前だったか、なんとか更正させた悪ガキが貴駒峠で事故を起こして亡くなった。ガキの名は蘇我啓太郎といった。
バイクとタクシーによる出合頭事故。俺は担当課ではなかったので詳しい状況は分からなかったが、唯一の手がかりとなったタクシー乗務員の証言により、バイク側が猛スピードで突っ込んできた事による、スピードの出しすぎという事で片付けられていた。
家庭環境が色々と複雑で最初はかなり擦れていた奴だったが、妹思いのいい奴で、相談にも色々と乗ってやっていた。亡くなったのは彼の妹の誕生日前日であった。きっと色々事情があったのだろう。だからと言ってスピード違反が許される事ではないのだが。
亡くなったと聞いた時は、まるで兄弟が死んだような気がして、心を抉られたような気持ちになった記憶がある。妻と葬儀に出た時は、柄にも無く涙を流してしまった。
「どうしたんすか」
過去の事を思い出してしんみりするとは、俺らしくない。だが、そんならしくない事をしてしまう程にはショックな出来事だったのだ。
そんな物思いに耽る俺の顔を見て、九条がきょとんとしている。
「いや、なんでもない。ちょっと昔の事を思い出してな」
「昔の事?」
「いいんだよ、人に話す様なことじゃない。ほら、長話してないでさっさと次へ行くぞ。貴駒の事故なんて俺らには関係ないんだから。あとは交通課のやつ等がなんとかするだろ」
俺の言葉を聞いて、不思議そうな顔をしつつも九条は車のキーを回しエンジンをかける。
走り出す車。徐々に流れ出す街並みを見つめながら思う。
峠道で出現した不審なバイクが、屍霊となった蘇我ではない事を祈るしかないと。
そもそも、屍霊はとてつもない負の感情から生まれる存在と聞いている。蘇我は改心したはずだ。あの時の蘇我がそんな感情を抱くわけ……。信じるしかないか。
俺が更正させた蘇我が人を殺すなどと、あってほしくない……。




