1-8-2.客席のクラスメイト【桐生千登勢】
最終更新日:2025/3/4
「これをな、こうするんじゃ」
『ワラビモチシラタマ抹茶ミルクティー海の香りと共に』を作るマスター。
太めのストローでワラビモチとシラタマを吸えるように、適当な大きさにカットしていく。それをグラスにぶち込むと、アイスミルクティーを注ぎ、抹茶の粉末を入れてかき混ぜる。そして最後に謎の水色の粉。出された瓶にはラベルが張られておらず、得体の知れないその粉からは潮の香りが漂ってくる。どこかの岩塩の粉末か何かだろうか。
珍しいメニューで、私も口にしたことはない。おいしいのだろうか?
この店は変わったメニューが多く、私もメニューを覚えるのが大変だった。なんでも、朝に食材を確認してからその日に出せるメニューを決めるそうだ。だからメニューも、飲み物と定番の軽食以外は毎日マスターの手書きである。
「は、はい」
返事をしつつ一応メモを取る。メモを取っていると、店の扉のベルが鳴り、別のお客さんが入ってきた。和服を着て髭を生やした高齢で背の高い男性と、白いスーツにサングラスをかけた眉をひそめた男性。
少し怖い風貌をしたその二人は、店に入って来るなりぼそぼそと何か会話をすると、案内されるまでもなく一番奥の席へと足を向けて歩いて行った。
「じゃあこれ、あそこに持っていって。これがあの子でそれがあっちね」
それに気を取られて余所見をしている間にマスターに声をかけられる。注文品はすでにトレイの上に綺麗に並べられていた。そして、トレイに乗せられた注文品を差し出され、それを持って行くように促される。
その先はクラスメイトたちが座る席。さっきも逃げるように視線を逸らしてしまったし、なんだか気まずい。
だけど、これも仕事。気まずいなんて言ってられない。
私はずっしりと重い、取っ手の付いた大きめの銀のトレイを両手で持ち、席まで運んで行った。
「あれ?」
皆が揃ってこちらの顔を見る。なんだか気まずい以上に少し恥ずかしい。私がここでバイトを始めてから今までに、仕事をしている間に霧雨学園の生徒が来たのは初めてだったからだ。
元々この店は客がまばらで、今来ている男性二人組みのような怪しい雰囲気のお客さんが多い。昼時でも夕食時でもそうなのだ。本当にこれでやっていけるのかと思うほどお客さんが少ない。まるで何か不思議な力がお客さんを選んでいるかのように。しかしながら、顔見知りの相手を接客するのは、気恥ずかしいものだ。
「あ、あの、お待たせしました。えーと?」
しまった。マスターからどれが誰の注文か聞いていなかった。いや、言っていた気がするがよく聞いていなかった。気づいたが後の祭り、重いトレイを持って聞きに戻るのも時間がかかる。私があたふたしていると、烏丸さんがそれに気が付いたようで、どれが誰の注文かを導いてくれた。
烏丸さんとは去年同じクラスだった。話しやすくて、今のように気が利くので、クラスの中でも男女問わず友達の多い人だ。出席番号が近い事もあり、私にもよく話しかけてくれたし、何度も助けられた事がある。
「ありがとう」
お礼を言う。口から出た声は小さなものであった。その声を聞いて、烏丸さんがじっとこちらを見ている。それにつられてか、他の三人もこっちを見ている。
「千登勢ちゃんこの店でバイトしてたんだ。意外だなぁ。接客とか苦手そうな感じだったのに」
烏丸さんがそう言葉を切り出すと、向かいに座っている兵藤さんも、うんうんと頷いている。
兵藤さんも去年同じクラスだった。よく喋る、学年一背の低い子。言葉数の少ない私としては少々苦手なタイプだ。しかし、喋りすぎて失敗することがあって、それが面白い事もあった。
「そうだよねー。何かおどおどしてるって言うか、あんまり向いてなさそうな感じ? てか、さっきのイケメン店員さんは?」
兵藤さんが店内を見回す。砂河さんの事だろうか。
「あの、砂河さんの事かな? 砂河さんなら……」
そう答えようとすると、背後からドアの開く音がした。砂河さんが休憩を終えて出てきたのだ。砂河さんは、ちらっとこっちを見ると、笑顔で一礼をしてそのまま店を出て行った。
「なんだー、帰っちゃったよー。ずっと喋らずにもごもごしてる陣野君なんて眺めてても面白くないしなー」
七瀬さんが残念そうに、ワラビモチシラタ(以下略)の入ったグラスをグルグルとかき混ぜながら陣野君を一瞥している。
確かに陣野君は砂河さんと比べたらいまいちパッとしない。なんというか……こんなことは口に出せないが、常に眠そうな目をしているし、どこか間抜けそうである。私自身もあまり明るいとは言えないのであまり人の事は言えないかもしれないが、パッとしない人物なのである。
陣野君については烏丸さんから少しは話を聞いているが、その見た目からは少し信じがたい話もあった。
っと、いけない。いつまでもこんな所につっ立ってたらまた何か言われる。あまり引き止められても面倒だ。
「あ、私、バイト中なんで……」
そう言って頭を下げると四人の座る席から離れカウンターの中に戻った。カウンターではマスターが何やら雑誌に読み耽っている。
そういえばさっきのお二人は注文を取ったのだろうか。マスターが気づいている様子はない。注文品を作るのに集中していたり、雑誌で興味を引く記事を読んでいると扉のベルの音に気付かないことがあるらしい。
恐らく二人の注文はまだだろうと、カウンターから出て二人組の男性客に足を向けた時だった。「あっ」という声と共に、マスターがそれに気づいて私を制止した。
「あ、桐生さん。そっちはワシが行くからいいよ」
「え、で、でも」
「ええからええから」
そう言うとマスターはグラスに水を注ぎ強面二人の方へと歩いて行った。
マスターの背中を見送っていると、奥の席から強面の二人がこちらを一瞬だけ冷たい視線でチラリと見やり、背筋に冷たいものが走った。




