4-2-1.ババアが!ババアが!【中本信治】
エンジンをふかし爆音と共に夜の峠を疾走する。
外灯はまばらで暗い場所も多いが、スピードを出した所で事故を起こすなどというヘマはしない。
自信過剰と言われるかも知れないが、ここでよく車を走らせる俺にとっては、それほど手馴れた道となっているのだ。
「ね、ねぇ、スピード出しすぎじゃないの?」
助手席に座っている女、川中育子が心配そうな顔でこちらを見ている。育子は俺の彼女だ。育子だって俺の運転テクニックは知っているはずだが、どうも心配性な所があるようだ。
「大丈夫だって。この道はしょっちゅう通ってるし、この時間は対向車もほとんど来ないんだよ。来ても俺のハンドル捌きで軽々とかわしてやるさ。俺はこの峠を知り尽くしているから安心しろって」
「ほんとに? 最近この峠で事故してる車多いらしいじゃん? 私こんな所で死にたくないからね? それにかわすって言ったって一車線ずつしかないのに……」
「ばーか言ってんじゃないぞ? 俺の運転テクニック知ってるだろ。この間だって見ただろ? あの時……」
俺が運転しつつ胸を張り、自慢話をしかけた時だった。育子が顔を強張らせて肩を叩いてきた。
「んだよ?」
「ね、ねぇ……信治、あれ何……?」
チラリと育子の方に視線を向けると、車の後ろを覗いている。何かと思いバックミラーを覗くと、後ろからバイクが一台、俺の車にピッタリと同じ速度で追いかけてきていた。
こちらに向けて強いライトが照らされており、少し眩しい。
ライダーは黒い服やヘルメットを身につけているのか、夜の闇に紛れて姿がよく見えない。
そこから照らされるライトはと言うと、時折点滅していてこちらに何かを言いたげである。
「なんだぁ? 煽ってんのか、あのバイク」
「違うよ、そうじゃなくて、何か変じゃない? あのライダー」
「ミラーだとライトでよく見えねぇな。いくら俺が運転うまいっつっても、あんまり後ろばっか見てると事故っちまうし」
バックミラーに映る姿を目を凝らして見てみるも、よく分からない。だが、確かに育子の言う通り、何か違和感を感じる。それが何なのかははっきりと分からない。だが、正直そんな違和感はどうでもいい。煽ってんのなら煽り返してやる。それだけだ。
「ねぇ、あんまりスピード出しすぎたら危ないよ。先に行かせた方がいいんじゃない? ほら、この道って昔から事故が多いって聞くしさ。さっき言ったみたいに最近だって……」
「だから言ってんだろ? 俺ならこのくらいの道は大丈夫だって」
そう言いアクセルを踏む。爽快なエンジン音を響かせ、車が加速していく。バックミラーを見ると、バイクはどんどんと引き離されていき、やがてその姿は峠の陰に隠れて見えなくなった。
「ははっ、どんなモンだよ。もう見えなくなったぜ」
だが、俺のその言葉に対する育子の返事はない。どうしたのかと不思議に思い、育子の方に少し視線を向けると、こちらに顔を向けて目を丸くしている。一体どうしたというんだ?
「どうした、変な顔して。運転中に笑わせんなよ? 手元が狂っちまうつってな。ははっ」
「や、ひゃやああああああああああああ!」
俺が冗談めかしてそう言うと、育子がすごい形相をして突然叫びだした。
一体何に対して叫び声を上げているのかが理解できなかった。突然の叫び声に驚き、ハンドル操作が少し狂ってしまう。
「おおっと、急に叫ぶんじゃねぇよ。吃驚すんだろ」
「外! 外! 外ぉ!」
育子はそんな俺の言葉も耳に入っていないかのように運転席側の窓を凝視している。
一体何があるというのだ。
「ああん? 外?」
曲がりくねった峠道通り過ぎて、今は直進に入っている。この先にはトンネルがあるはずだ。
そこを素晴らしいハンドル捌きで俺は疾走している。今のところ対向車と一台もすれ違っていないし、先程のバイクも引き離して遥か後方である。特に何も変わった物は……。
だが、外と言われて育子の指差す運転席側の窓に目を向け、それが自分の視界に入った時「なにもないじゃねぇか」と言おうとしていた俺は目を疑った。
窓の外を走るその物体を見て思わず二度見をしてしまった。




