3-99-99.閑話
「こんちゃーっす」
放課後、部室に入ると陣野先輩と影姫はいなかった。
今部屋にいるのは部長と副部長だけのようだ。部活は毎日やっているとう訳ではないらしいのだが、曜日が決まっておらず不定期でいまいち分かりづらい。二人はチラッとこちらを見てボソボソと挨拶らしき返事をしたかと思うと、部屋に入ってきた私に気を向けることもなく、部屋の奥でコソコソと何かを相談事を再開した。
「なにやってんですかー? 部長と副部長が部屋の隅で陰気臭いですよ」
私の言葉に二人がゆっくりと此方に視線を移す。
二人の表情はいつになく真剣で、何を話していたのか気になってしまう。
「或谷さん、貴方は入部して間もないから知らないかもしれないけど、ここは元々そう言う部よ。むしろ、貴方の様な陽キャ側と思われる人種がなぜこの部に入ったのか、小一時間ほど問い詰めたい気分だわ。でもそれは自分も傷つく諸刃の剣になりかねない」
副部長の紅谷先輩が、何か分けの分からない事を呪いの言葉を吐き捨てるかの如くブツブツ言っている。
それをシラッと冷たい視線で見つめる部長。
「紅谷、自分から入部した貴重な新入部員なんだからあんまり邪険にしちゃだめよ……」
自分から、ってどういう意味……。
他の部員は何か弱みでも握られてこの部に拘束でもされているのだろうか……。
そう言う風には見えないが、この二人ならやりかねないと言う気もしてきた。
「別に邪険にしてるつもりは……歓迎はしていますよ。まさに闇夜に染まる冥界から発するタナトスを断ち切る一筋の光明のような存在になり得る存在になるかもしれない訳ですから。ククク……」
「……よく分からないけど、邪険にして無いならいいわ」
本当によく分からない台詞をよく分からないの一言でばっさりと切り落とした部長は、真顔でそう言うと此方へと向き直った。
ばっさり切り捨てられたられた紅谷先輩はというと、なんの気なしに変わらない様子だ。指でくるくると長い髪の毛を弄りながら、そ知らぬ顔をしている。いつもの事なのだろうか。
「今、夏休みに行う部活の合宿の行き先について相談していたの。或谷さんは初めてだからアレだけど……」
「え、この部って合宿とかあるんですか? オカ研で合宿とかちょっと想像つかないんですけど」
「そうよ。去年はちょっと事件に巻き込まれたりと大変だったから、今年は軽い心霊現象の起こる程度の場所の方がいいんじゃないかと相談していた所なの。或谷さんも参加するわよね」
紅谷先輩の冷めた視線が此方に向けられる。正直、家の事や仕事の事もあるし、部活の行事とは言え、プライベートで何処かへ旅行なんて事は考えた事もなかった。
「うーん、私は~……」
正直、私の気持ちとしては、どちらかと言えば行きたくない寄りではある。部活に入ったはいいものの、今まで同世代との人付き合いをあまりしてこなかったせいか、接し方がいまいちよく分からないからだ。
「こういう行事は参加した方がいいわよ。学生時代の思い出なんて、一人じゃそう沢山作れるものじゃないんだから」
紅谷先輩の言う事も尤もである。
まだ高等部に入ってから短いとはいえ、屍霊退治以外にこれと言った思い出も無い。もちろん、中等部の時もそうだった。思い出せることと言ったら伊刈先輩との苦い思い出だけである。
ここはいい機会だし、組の方も休暇をとって合宿に参加するべきであろうか。多分、陣野先輩や影姫も参加するんだろう。そう思うと、心の中が急にワクワクしてきた。
「行くならーホニャララランドとかどうですか!? 私行ったことないですしー、行くなら楽しいところのほうがっ」
そんな私の提案に二人の鋭い視線が突き刺さる・
「ほにゃららランドってなに……。そんな場所、見た事も聞いた事もないわよ」
部長のここぞとばかりの鋭い指摘に紅谷先輩も頷いている。頷くたびに、簾のように垂れ下がっている前髪がバッサバッサと揺れている。
「いや、世には名前を言えない事情や時と場所ってのもあるじゃないですかっ、ねっ、ねっ」
「……行くにしても、オカルト研究部と貴方の言う夢見るハハッなテーマパークと何の関係があるの。活動に関係ない場所なら個人で旅行にでも行きなさい」
紅谷先輩を見る感じ、表情はあながち否定的でもなさそうだが、やはり活動内容としてはいささか疑問があるようで言葉では否定してくる。
「いやまぁ、お化け屋敷的な施設もあると思いますしぃ……なんか調べれば都市伝説的な噂もあると思いますしぃ……皆で行った方が盛り上がるって言うかなんて言うか? あ、もちろんお金の事なら心配ないですよっ! 私も個人的資産には余裕があるんで……あっ、今はカツカツか……でも、足りない分は幾らか位は……送り迎えもウチの黒服がなんとかっ」
そう言って二人を見ると二人とも口をヘの字に曲げて無言になっている。しまった。個人的資産はともかく黒服とか言ってしまった。何か私の素性について怪しまれたんじゃないだろうか。そんな不安が少し過ぎる。
「ほ、ほら、思い出した! 何かコースターのトンネル部分で暗くなる場所にお札が無数に貼ってあるとかいう都市伝説を、私もネットで見た事ありますよ!?」
「「……」」
無理くり笑顔を作って一つ話を思い出した私を、無言になってこちらをただただ見つめる二人。やはりまずかったか。調子に乗りすぎたか。喋りすぎたか。
「いやー、部の合宿ですもんね……遊びに行くわけじゃないですもんね……あはは」
そういう私の言葉を尻目に紅谷先輩が部長に向かって口を開く。
「部長、金田のアホも古びた民家の空き部屋じゃなくて朝夕二食付で朝はバイキングのシャレオツなホテルに泊まりたいとかうざったらしくほざいてやがりましたんで、今回はそういう所も候補に入れてみては……」
きらりと光る紅谷先輩の目。
何だかんだ言って自分も行きたいんじゃないか。
「でも、部費が……足りるかしら……」
「候補に入れるだけならタダですよ」
「そうだけど、もしそこに決まってしまったとして、理事長の好意で合宿用の部費を私費から大目に貰っているとはいえ……いくらなんでも足りない分を一人の後輩部員から巻き上げるのは気が引けるわ……場所も遠いし、今年は人数も多いし……また不参加が多ければいいけど……あっ、理事長の事は内密に……」
「わかってますって……。で、今年も……副顧問は来ないと思いますので、顧問の柴島先生入れたら十人ですか。去年の合宿参加は先生入れて九人だったから……確かに多いと言えば多いですね」
「……でしょう」
一人しか違わない……多いといえば多いと言えるが、うーん。
「でも、去年みたいな寂れた村ならともかく、テーマパークとなると不参加も期待できないかと……となるとやっぱり山奥の廃村でキャンプですかね。候補にホテルを入れておいて、結果キャンプにして金田の精神をどん底に叩き落としてやりましょう。キヒヒ」
紅谷先輩は金田先輩に何かうらみでもあるのだろうか。確かに金田先輩はちょっとうざい所があるのは確かなのだが、私としてはそこまでするほどとは思っていなかった。
「かねた……キャンプをかねた……アウトドア……おーまいが」
「ほら、昔に凄惨なる惨殺事件が起きたと名高い犬吠村跡地とか……近いですし、そこに溜まった邪悪なる負のパワーを我々の精神面に秘められた底知れぬ魔力に変換して大いなる力を……。キャンプ用品は登山部に使い古しでも借りましょう。男手は陣野君と江里君と長原君がいれば十分でしょう。ゆるいキャンプですよ。今流行のゆるいキャンプ。流行に乗った上に精神と魔力を高められるなんて最高じゃないですか」
部長の微妙な呟きもスルーしつつ紅谷先輩が訳の分からない事を交えつつ淡々と説明を続ける。山奥の廃村でキャンプとか絶対参加したくないんだけど……。
「寂れた村……」
「え? あ、すいません、ワンテンポ遅れて突っ込まないで下さい。何の事か分からなくなりますから。部長のご親族が住まわれている生息地でしたね……失言でした」
「生息地……」
もう既に私はそっちのけで二人でぼそぼそと会話している。
なんとなく思った。
この人達とでは何処に行ったとしても、楽しい合宿にはなりそうに無いなと。
END




