3-39-1.四対一【陣野卓磨】
背後にいた二体の鬼人がそれぞれ武器を拾い立ち上がる。
体の所々から崩れ落ちる微粒子が、鬼人達が動く度に辺りに舞い散り消えていく。
「ひっ……」
武器を拾った二体の鬼人に背後を取られて思わず声が洩れてしまった。意識、戻ったんじゃなかったのか。もうこいつ等に襲われないんじゃなかったのか。武器を手に取るその姿に先程までの恐怖が蘇ってきた。
完全に油断していた。まさか、伊刈が消えた事によって再び正気を失ってしまったのではと言う不安が頭を過ぎる。
「お、おい! もう大丈夫なんじゃなかったのかよ!」
江藤達もその姿を目にして、後ずさり慌てふためいている。
だが、襲われると言うそれは俺の早とちりであった。
鬼人達の目には再び光が宿っている。だが、先程までの禍々しい赤い光ではない。白く透き通った真っ直ぐな光だった。
そして、そんな二体の鬼人が向ける視線の先は、足元にいる俺達ではない。市役所門前に佇む赤マントの方角、敵意はそちらへ向いている様に感じられた。
人としての心を完全に取り戻したのか。だが、体の所々から小さな光る微粒子が灰になり散り始めている。
時間が無い。例え俺達に加勢してくれるのだとしても、残された時間は少ないのだ。
「サナエ、助ケテクレタ……今度ハ……私達ガ……」
「俺達ニ残サレタ時間ハ少ナイ……」
鬼人達は自分達の行く末を悟っているようであった。その上で俺達を助けてくれようと言うのだ。
そして、鬼人達は俺を一瞬チラッと見ると素早く武器を構えだした。瞬時に放たれる矢。それが開戦の合図となった。
赤マントは轟音をたてながら飛んできた矢を軽々しく剣で弾き飛ばすと、こちらに走り出そうとする。だが、それよりも一瞬早く跳び上がり間を詰めた剣の鬼人が、着地と同時に赤マントの頭めがけて剣を振り下ろす。
一刀両断……と思いきや、激しい金属音と共に、鬼人の剣は交差された赤マントの二本の剣により受け止められた。豪腕により振り下ろされた剣の重みにより、赤マントの足元の地面が割れめり込んでいく。その様が、剣の鬼人による一撃の衝撃の強さを物語っている。
「伸びろッ!」
すかさず影姫が刀を伸ばし、剣を押し付ける鬼人の股の下から赤マントの腹に突き立てる。刀が腹を貫通し、赤マントの腹からどす黒い血が流れ出る。
だが全く動じない赤マント。血はすぐに止まり、鬼人の剣を弾き地面へと受け流すと、身を後退させ影姫の刀を力任せに引き抜いた。
咄嗟に刀を縮めて赤マントから離れる影姫。
「もらいっ!」
だが、入れ替わるように、いつの間にか門前まで駆けて行っていた蓮美の横薙ぎが、背後から赤マントの首を捉えた。
だが、それもすばやい赤マントの動きにより剣で防がれる。剣と刀がぶつかり合い火花が走る。
「なっ、早っ……!」
「……青がいいといった子は、水に沈めて殺される」
蓮美が驚くのも束の間、早口でその言葉を発した赤マントの首が気持ちの悪い方向にグルリと折れ曲がり、その口から勢いよく鉄球が発射された。間髪避けようと地面を蹴るも、それが蓮美の腹へと直撃し鈍い音を立てる。
「!?」
言葉も無く、地に崩れ落ちる蓮美。仮面で蓮美の表情は伺えないが、痛みと衝撃で声も出ないようで、かなり苦しそうだ。
「四対一でこのザマか!」
影姫も地面を蹴り赤マントに向かって突進する。振り上げる刀が巨大化し、鉈の様になる。そのカッターナイフのような風貌をした鉈は、赤いチャンチャンコの鉈にそっくりであった。
影姫が力任せに鉈刀を振り下ろすと同時に、剣の鬼人も再び赤マントに剣を振り下ろす。だが、それぞれの刃は赤マントの二本の剣により剣線を逸らされ、擦れる嫌な音を立て火花を散らしながら地面に突き刺さる。
「白がいいといった子は、吊るされて血を抜かれて殺される」
淡々と言葉を紡ぎながら、剣を交わした赤マントは身を翻す。と同時に手に持っていた剣はフッと消えてなくなり、両腕の裾から放ったロープを影姫と剣の鬼人の首にそれぞれ纏わりつかせる。
そしてそのまま上空へと飛び上がると、体を捻り上下へと一回転し、ロープを勢いよく振り回す。影姫と剣の鬼人の体が浮き上がり地面へと叩きつけられた。
首を絞められ、声も無く地面に伏せられる二人。影姫は辛うじて縄と首の間に手を差し込み窒息は免れているが、剣の鬼人はもろに締め付けられている。
舞い上がる土煙が地面に叩きつけられた衝撃の強さを物語っている。凄まじい力だ、影姫はともかく、鬼人のあの巨体を片手で持ち上げるなんて。
だが、休ませる暇など与えないと言わんばかりに、俺の後方から矢が放たれた。
矢は無数に分裂しそれぞれが赤マントを目掛けて襲い掛かる。
「血を抜かれて殺される、水に沈められて殺される」
赤マントがマントを勢いよく広げると、内側から無数の円錐状の物体が飛び出してくる。それと同時に口から鉄球も放たれる。それらにより全ての矢が弾き防がれた。赤マントに軽々と弾かれた矢は宙へと消えて行く。
俺はそんな光景を呆然と目で追うことしか出来なかった。
嘘だろ、マジで四対一でまるで歯が立たない。大人が四人の赤子を相手しているかの如く、何をしても軽々といなされてしまう。こんなの勝てるのかよ。今までの奴等と全然違うじゃないか。
そんな事を考えている間にも徐々にこちらへと距離を詰めてくる赤マント。倒した相手に止めを刺さないその様子から余裕すら感じられる。
これはマジでヤバイ。殺される。ここにいる全員殺される……。
「お兄ちゃん……」
勝てるのか?
いや、無理だろ、この状況。どうやったって、考えたって勝てるわけが無い。強すぎるだろう。四人がかりで相手に当たったのは影姫の死角からの一突きだけ。しかも、その傷ももう血が止まってるし塞がっているように見える。
倒れる影姫、蓮美、剣の鬼人。それを背に、赤マントが少しずつこちらへと歩み寄ってくる。後ろを見ると、弓の鬼人も膝をつき苦しそうに地面に伏せている。さっきより舞い散る粒子の量が増えている。時間がない、もう限界なのだろうか。
鬼人達がいなくなったら本当にもう駄目だ。今ですらこんな状況なのに、これ以上味方が減ったら勝てっこないじゃないか……。




