3-38-1.私達が感じる同じ気配【陣野卓磨】
〝陣野君、こっちに来て〟
伊刈が、鬼人に触れていた触手のように伸びた指を戻しながら俺を呼んだ。
呼ばれたものの、正直近寄るのは怖い。呼ばれた先にいるのは目玉狩りと二体の鬼人、あわせて三体の屍霊なのだ。いくら伊刈が俺を助けてくれた上に正常な会話をしてくれてるとはいえ、躊躇してしまう。
〝大丈夫だから〟
「あ、ああ……」
「お兄ちゃん、大丈夫なの……?」
先程の説得の声とは違い、頭に聞こえる伊刈の声は他の人間には聞こえていないのか、燕が心配そうな顔をして俺の裾を掴み、問いかけてきた。
「だ、大丈夫だ。多分……。燕はここにいてくれ」
自分でもとても大丈夫だと言えたもんじゃないと思える、微妙に震えた情けない声で答えてしまった。
心配をかけたくないと言う気持ちはあるのだが、身体は正直である。そして、俺を見る燕を背にし、一歩、また一歩と呼ばれた方に恐る恐る近寄る。影姫と蓮美はそんな俺を目で追っている。
「卓磨、油断はするなよ」
影姫の声に無言で頷く。近寄るとその鬼人達の大きさに圧倒される。初めて対峙した時よりも、一回りも二周りも巨大化している。膝をついているが、それでも二メートル近くあるだろうか。遠目で見てばかりだったのであまり頭に無かったが、いざ間近に近づき目の前にすると圧倒されるものがある。
影姫達は先程までこんな奴と戦っていたのか……。
そして呼ばれた所まで辿り着くと、不意に剣の鬼人の手が勢いよくこちらに差し出された。
「ひっ!」
自分に差し出された大きな手に、思わず後ずさる。だが、それは俺に悪意を向けて差し出されたものではなかった。握手を求めるかのように差し出されたその手は俺の目の前で止まっている。
〝私が死んだ後経験した事、二人に伝えたの。私がどうやって正気を取り戻せたかも……それで、陣野君に伝えたい事があるって〟
「同ジ……俺達ト同ジ……感ジル……近ク……記憶ヲ……俺達ノ……」
「アオイ……海……聞コエル……」
俺達と同じモノを近くに感じるから、俺達の記憶を見ろ。剣の鬼人はそう言いたいのだろうか。
でも、弓の鬼人が言っている……青い海? 青い海とは何だ?
弓の鬼人を見ると、俺が視線を移したと同時に一つ小さく頷きを見せた。
〝私も感じる。同じような存在だから感じ取れるのかもしれない。私達と似た存在がゆっくりだけど、こっちに近づいてきてる。でも、それは今の私達と似て非なる者……何人もの凄まじい怒りと怨み……悲しみが感じられる〟
伊刈もこちらをみて頷く。差し出された鬼人の手は、骨ばっていて、浮き出る血管は脈打っているが、鬱血したような色をしたその肌からは生気が感じられない。触っても大丈夫なのだろうか。
〝陣野君、早く。時間がないかもしれない〟
伊刈のその言葉に後押しされ、鬼人の手に触れてみる。
初めて触れる屍霊の肌、冷たいその手は、まるで氷の様で手に痛みが染みて伝わってくる冷たさであった。
斬られて血が吹き出たりしている場面は何度も見たが、まるで体温がない。以前影姫から説明されたように、本当に再び血の流れ始めた死体が動いていると言う感じなのであろう。生きていないのに死んでいる。死んでいないのに生きている。不思議な存在である。
そして、いつもの様に目の前が白く靄がかっていく。物……死した屍、屍霊は物なのだろうか。少なくとも俺の記憶を見るという能力はそう判断しているのだろう。
見せられるのは伊刈の親が見た記憶。一体誰の記憶を見るのだろうか……。




