3-36-4.月紅石が光る時【陣野卓磨】
「つ、燕、逃げるぞ……!」
「か、影姉は!?」
「影姫なら大丈夫だ、あのくらいじゃ死にゃしないから!」
燕の手を掴み逃げようとする。
「嘘だよ! 動いて無いじゃん! お兄ちゃん!! 離して! 影姉が!」
確かに地面に倒れた影姫が立ち上がる気配が無い。隣に倒れる蓮美もだ。
まさか、さっきの衝撃で気を失って……殺られ……いや、そんな、そんなはずは。最悪な状況に嫌な方にばかり考えがいってしまう。
「グオオオオオオオオオアアアアアアアアアアアアアア!!」
辺りにこだまする両面鬼人の雄たけび。それに足がすくみ、もつれて転んでしまう。
江藤達や燕の友達も、この世の終わりのような顔をし、地面に尻餅をついて動けずにいる。ヤスも相手の姿を目の当たりにし、予想以上の個体である事を認識したのか冷や汗を流している。
駄目だ。終わりだ。影姫と蓮美が太刀打ちできない上に、或谷組の連中もアテにならない。このまま、ここで殺されるんだ。俺も燕も……ここで人生を終えるんだ。
……。
嫌だ……嫌だ嫌だ嫌だ……!
死にたくない死んでほしくない死なせたくない!
両面鬼人がこちらに集まる人間達に気がつき、弓矢を構えだした。
アレに貫かれて死ぬのか。痛い、あんなものに貫かれたら絶対に痛い。
咄嗟に燕を抱き寄せ、両面鬼人に背を向ける。こんな事をしても矢が貫通したら……。無駄だと分かってはいるが、動けずに入られなかった。普段どれだけ罵られようと、普段どれだけ蔑まれようと燕は紛れもなく俺の妹だ。死なせたくない。生きてて欲しい。
嫌だ! 俺は死にたくない! 燕も死なせたくない! 誰か……!
覚悟も決まらぬまま目を力強く閉じる。
燕が殺される所なんて見たくない……ここで……ここで本当に俺達の人生は終わるのか……。生きたい……まだ生きたいんのに。平均寿命の半分も生きていないんだぞ。まだやりたい事だって沢山……。
矢が放たれ風を切る音が耳に入った。
死を覚悟した。俺達はここで終わってしまうのだ。人生の終了だ。
せめて燕だけは守ってやりたかった。兄として何もしてやれなかった。喧嘩ばかりだった。
チクショウ……チクショウチクショウチクショウっ!
「俺はぁ!! 俺はあああ!!」
――無意識に漏れた声、矢の風を切る音と共に同時に閉じた瞼の前が赤く強く光るのを感じた。
〝卓磨、お前なら出切る〟
一瞬、手につけた数珠から父さんの声が聞こえてきたような気がした。
瞼を貫通して見える赤い光。今までに感じた事の無い熱くて強い赤い光。そんな光が俺の周りを包み込むのが感じられた。
そして聞こえてきた複数の金属音。恐らく分裂したであろう矢が悉く弾かれる音。続く弾かれた矢が地面に転がり落ちる音。
ヤスがやってくれたのだろうか。いや、あいつがそんな事をするとは思えない。
じゃあ誰が? 影姫か? 蓮美か?
目を開き、光の元を見ると、俺の手に付けている数珠の月紅石が紅く光を放っていた。そして、数珠に連なる月紅石の隣にある黒く染まった主石の一つも僅かな光を放っている。これはあの時に黒く染まった石だ。
ゆっくりと目を開け恐る恐る周りを見ると、皆生きている。俺はもちろんのこと、燕も、江藤達もヤスも。
影姫と蓮美も無事だった様で、飛ばされた塀の前で何とか立ち上がり刀を構えている……が、皆の視線は両面鬼人ではなくこちらを向いている。
しかしその視線は俺を見ている訳ではないようだ。
見ているのは、燕を抱きしめる俺の背後……?
「グッ……グゥッ……ガハッ……」
後ろから両面鬼人の戸惑ったような声も聞こえてくる。
何だ? 俺の後ろに何があるんだ? 誰が俺達に向かって放たれた矢を弾いたんだ?
そう思い、ゆっくりと振り返る。
そこには知っている奴がいた。ここにいるはずの無い奴。なぜここにコイツがいるんだ。俺に背を向けて身を構えるその姿。見慣れた制服を着た後姿からも分かるその存在。そいつが目に入った瞬間、俺の内に様々な感情が駆け巡った。




