1-7-2.霧竜守影姫【或谷岩十郎】
最終更新日:2025/3/3
正確には十二年前である。その刀はある事件により折れてしまった。折れたと言っても、二つに割れた程度ではない。十数もの破片と部品に飛び散り、修復が可能かさえ分からないほどであった。それほど、『八尺様』の力は強大であったのだ。
その報を聞いた時、私は悲しみや喪失感よりも、怒りで身を震わせた。
私が手にすべきであった刀。私に富をもたらすはずであった刀。それを奪い、破損させた者を殺してやりたいという念で頭が埋め尽くされた。だが、それは叶わぬものとなった。
刀を奪った当の本人が、刀と共に命を落としたからだ。
刀の銘は『霧竜守影姫《きりゅう|もりかげひめ》』。
異次元より無数の鉄屑と共に現れた謎の刀。人に化ける人刀である。いや、刀に化ける刀人であったか。いずれにせよ、この世界のものではない。
とある組織の学者たちが破片を解析したところ、未知の金属と人間と思われる血液の成分が検出された。あらゆる手段を用いたが、修復は人の手で行えるものではなかった。
刀の自己修復。
監視していた状況から刀の動きを確認し、当時導き出された唯一の修復手段がそれであった。固形物として破損したとはいえ、人の形を取る生命体としての可能性にすがるしかなかった。
そしてその結果、存在を知る者に盗まれたり、災害で破片を紛失したりする危険のない安全な場所に破片を揃え、並べて置いておくことしかできなかった。
「ただ、刀の鞘は未だに陣野が保管しているらしく、まとめての引き渡しが……陣野と会う日の三日後だな。あやつ、それを知ってこの日に……」
「しかし組長。修復完了してから結構経ってやすぜ。下手に街に漂う瘴気が影姫に反応してなけりゃいいんですが……あっちで学生どもが話してる目玉狩りの事件も、やっぱりどうも気になりやす。事件が起こり始めた日と刀の修復が完了した日が……」
「考えすぎだ。偶然であろう。具現化するような業の深い怨霊がそうそうそこらにいるまい。まして引き渡し前だ。もしものことが起こらぬよう、鞘も刀もある程度の封印が施してあるはずだ。いくら陣野の家系が一族揃って救いようのない愚か者であったとしても、その辺りは怠るまい」
いつの間にかテーブルに置かれていたアイスコーヒーを一気に飲み干す。喉を通る冷たいそのコーヒーは、昔のことを思い出して再燃してきた怒りを鎮めてくれた。
「ええ、それはまぁそうなんすが、万が一ってこともありやすし、一日でも早く引き取った方が宜しいんじゃないかと思いやして」
そう言うと、政太郎もコーヒーを飲み干す。
「まぁいいであろう。影姫が、あのような心も力も衰えた老いぼれを前に姿を現すこともあるまい。最後の別れ、数日くらいは待ってやるさ。せいぜい過去の思い出に耽るがよい」
そう、待ってやる。数日くらいだ。あの日から十二年も待ったのだ。これでやっと或谷家に新たな力がもたらされる。さらなる力。これでさらなる富と名誉が……。
話も終わり、席を立つ。我々よりも先にいた生徒たちはまだ何やら話をしている。無駄話に時間を割けるというのは、羨ましいことだ。
「それと組長、もう一つ私事なのですが……」
勘定を済ませた政太郎が神妙な面持で話しかけてきた。
「なんだ」
「スマホくらい持ってください……連絡取りにくくて仕方ねぇです。特に今回のような他言無用な大事な話は……」
「……考えておく」