3-35-4.怒りの果てに【日和坂政太郎】
「前に俺の邪魔をした奴だ」
ボソボソと呟くような声が耳に入ってくる。
「妹は生きているのか? それとも死んだのか?」
知っているくせに。
「フフッ……死んだんだろうなぁ、その面じゃ。可哀想だなぁ。そうか、死んだのか。クク、ハハハ。ガキなんて皆死ねばいいんだよ……クソガキドモがミナゴロシニシテヤルよ……」
先程までとは打って変わってよく喋る。
「てめぇ……殺してやる……絶対に、俺がぶっ殺してやるからな……」
「フフ、そんな状態でよく言うなぁ……でも、今のは効いたよ。厄災の仮面が無けりゃ頭が跡形もなく吹っ飛んでた。厄災の神様の力様様だなぁ。足を向けて死んでいられねぇよ。俺の頭の中もグルンときたよ……まぁ、おかげで前に出てこれたがな……」
「一生死んでろや、クソカス野郎がよ……二度と出てこれねぇように……俺が魂粉砕して……やんよ……」
「クク……そんな状態でよく吠えるな。で、そんな事をしようとした悪い腕はこの腕かな……?」
何を言っている。何をするつもりだ。
何を、か。結果は見えている。俺は殺されるのだ。今この時この場所で。
これが厄災級を舐めてかかったアホの末路かよ。ザマァねぇな……。
「ングアア!?」
視界がぼやけて赤マントが何をしようとしているのはよく見えなかった。だが、痛覚だけははっきりとしている。右腕をつかまれ激痛が走り、同時に感覚が無くなった。
ぼやけた視線を右腕の方へと移すと、右腕がなくなっていた。
「今日はこの位にしておいてやるよ。また会えるといいな……ク……ク……」
赤マントはそう言い放ち、俺から切り取った右腕を投げ捨てると、静かになり口を閉ざした。
全身から力が抜け膝から崩れ落ちる。地面に倒れる俺の眼に映るのは、爛れた赤マントの素足。意識が薄れる中、踵を返した赤マントの姿遠ざかっていく。
「アオイ、スグ迎エニ行クカラネ……」
最後に聞こえた赤マントの嗄れ声。それは美濃羽の声ではない。恐らく今の依代となってしまった被害者の声だろう。アオイ……迎えに行く……一体誰の事だ。だめだ、考えられない……。
意識が、保てない……視界が狭まっていく……。腕……月紅石を装着したままの腕だけでも回収しなければ……。
そう思い、投げ捨てられた腕の方へとぼやけた視線を移す。そこには一人の男が立っており、切り捨てられた俺の腕を見つめていた。ぼやけて顔がよく見えず誰か分からない。どうするつもりだ。
「ちょっと足を伸ばしたら、これまた興味深い場面に遭遇しちゃったねぇ。これ、君の腕だよね。さっきのは……アレが赤マントの怪人か。初めて見たなぁ」
男は腕を拾いこちらへ持ってくると俺にそう囁いた。
「か、えせ……」
必死に言葉を搾り出す。
「返すよ。腕はね。でも、この指輪はちょっと欲しいかな。だから貰ってあげるよ。救急車は呼んであげるけど、どうせ君、死ぬしね」
死ぬ……。俺が、こんな所で……。だが、否定は出来ない。
例え組の医療班が来ても、持つ気がしねぇ。
「使い方教えて、って聞きたい所だけど無理そうだね。ま、何とかなるか。あはは」
そして悲鳴が聞こえてくる。徐々に消えていく視界の中に、赤マントとすれ違いざまにいつもの質問を投げかけられながら斬り捨てられる幾人ものぼやけた姿が映る。叫び声も次第に聞こえなくなっていく。目も、耳も、鼻も口も、もはや役割を終えようとしている。
お嬢、すいやせん、あっしは……役に立てなかった……。
そして、舞……すまねぇ……。仇を、取れなかった……。




