3-35-3.狂える戦士の鉄拳制裁《バーサーカーナックル》【日和坂政太郎】
「グアアアアアアアアアアア!!アアアッグァァ!」
「切り刻んで殺される切り刻んで殺される切り刻んで殺される」
無感情に放たれるその言葉。そう言って苦しむ俺の姿を見ることもなく、まるで愉悦に浸っているかの様に頭を揺らしている赤マント。
仮面の奥に見え隠れする光る目は、何の感情も感じられない。感じるのは、ただただ人に向けられた殺意のみ。
「アホみたいに同じ言葉繰り返しやがってよぉ、脳なしかぁ? 女のガキばっか狙ってるロリコン野郎がよぉ……!」
目が合った赤マントに挑発するも、無駄だ。分かっていたが無駄だ。
そして、仮面の口が大きく開かれる。口の中に広がる闇の中から覗いているのは先程飛んできた鉄球と同じものだった。瞬時にそれが口から大砲の様に勢いよく発射される。
「水に沈めて殺される」
至近距離から飛ばされた鉄球が顎に直撃した。
脳が揺れる。よろめく足。足が言う事をきかない。今まで怨霊悪霊怪異屍霊と何度も戦ってきたが、ここまで攻められるのは初めてだ。防戦一方どころか、防御する事すら出来ない。攻撃も手応えはあったはずなのに、効いている様子が全く無い。
これが厄災級なのか。甘かった。俺の考えは甘すぎた。だが、この至近距離だ。この日の為に溜めに溜めた狂える戦士の鉄拳制裁の力を一気に叩き込んでやる。
「血を抜かれて殺される」
赤マントはそう言うと円錐状の管をどこからともなく二本取り出し、俺の両太腿にそれぞれ突き立てた。
「がぁっ!?」
円錐状の管は中が空洞になっており、広がる物体の先から血がどんどんと溢れ出てくる。足の力が抜け、両膝を付く。何とか、それを両足から引き抜くものの、それでも止まない赤マントの攻撃。俺はなすすべも無くそれを受けるしかなかった。
「赤がいいと言った子は、切り刻んで殺される」
脇腹に突き刺された剣を引き抜き、剣を構える。
しかし、そこに一瞬の隙が出来た。
「……!」
この一瞬、見逃すわけには行かなかった。一気に右手のメリケンサックに意識を集中させ相手の頭に狙いを定める。煌々と辺りを包む赤い光を放つメリケンサック。何としてでもぶつけてやる。俺のこの怒りの塊を。
「ぐぬおおおおおおおおお!!」
一瞬の隙を突き、渾身の力を込めて赤マントの仮面に正面から俺のパンチが直撃した。
ミシミシと音を立てる仮面。
「吹き飛べえええええええ!!クソ野郎があああ!」
同時に、メリケンサックから赤い粉塵と共に大爆発が巻き起こる。その爆発の衝撃で周りにちらほらといた野次馬達も吹き飛ばされ、周りの建物の壁にもヒビが入る。これで頭が粉砕されないはずが無い。これで消せねぇ化物なんていねぇはずだ。
だが、やはり甘かった。俺の渾身の一撃は赤マントの仮面にヒビを入れただけであった。ポロポロと僅かに零れる仮面の欠片。赤マントはそんな物を気に留める様子も無く、目にも止まらぬ速さで両手の剣を振り回す。一振りごとに増える体の傷。圧倒的。圧倒的過ぎる。
俺は完全に舐めていた。死んでしまっては元も子もない。何だかんだ言っても、ヤバくなったらもちろん逃げるつもりだった。しかし、逃げる隙すら与えてはもらえなかった。
お嬢に何度も注意されたのに他人事の様に聞いていた自分が悔やまれる。ここはヤスと共闘して戦うべきだった。いや、ヤスと戦った所で優勢に持っていけたのだろうか。
もう、ナックルの力を解き放った今、戦う力は残っていない。
このまま嬲り殺されるのか……。
だが、止めを刺される気配が無い。辛うじて立っている俺に赤マントが近づいてきた。そして、俺の耳元に頭を近づける。
「お前、覚えているぞ。その汚い面、見覚えがあるぞ」
不意に、耳を超えて頭の中に響く今までとは違う声。以前にも聞いた事がある。忘れようにも忘れる事が出来ない、憎き男の声。それは、美濃羽壮二郎の声であった。




