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おんりょうめもりー ~死人達の記憶と刀の少女~  作者: ぎたこん
第1部・第三章・鬼の少女と赤マント
321/613

3-33-3.回る景色【天正寺明憲】

 恐る恐る後ろを見る。

 廊下の壁を背に地面にへたり込む体。だがその身体には頭が付いていなかった。

 そこには見るも耐えない宮崎の無残な成れの果てが、血溜りの上に横たわっていたのだ。

 飛んできた二本の太い矢は、私が覗いていたドアの僅かな隙間を通り、私の後ろにいた宮崎の首をものの見事に吹き飛ばしたのだ。

 たが分断された頭は地面に転がっていない。もう一本の矢が口内を貫通し、壁に釘付けにされているのだ。

 支えの無くなった頭は恐怖の表情を浮かべたまま、目の前を凝視している。

 かがまなければ私がやられていた。そう考えると背筋が凍る。


「グフッ! ガハッ! グゥゥゥゥ……」


 化け物の声が聞こえる。軋む音を立てながら目の前のドアや周囲の壁が力任せに引き剥がされてゆく。

 姿を現す化け物の巨体。化け物は私の頭上から手を伸ばし宮崎の頭を壁から矢ごと引き抜くと、髪の毛と腰紐を括りつけ、そのまま腰へと引っ掛けた。

 見ると、腰にはもう一つ頭があった。飯塚の頭もぶら下げられていたのだ。だらりとぶら下げられた二人の頭は、さも私を怨むようにこちらを見ている様に感じられた。


 こっちを見るんじゃない、無能どもが……。

 私の、私のせいだとでも言いたいのか。お前等が、お前等のせいだ。お前等が……。


「コロ……コロス……ムスメノカタキ……ミツケタ……コロス……」


 姿こそ見た事もないような化け物ではあるが、二つの頭から放たれる男女の声が交じり合うその声は、確かに聞き覚えのある声であった。伊刈夫妻の声だ。


 逃げなければ。だが、腰が抜けて立てない。何とか策を立てねば。

 議場に残っていた若い議員共は何をしているんだ。殺されたのだろうか。

 私を助けて株を上げるチャンスなんだぞ。生きているのなら早く助けに……。少しでも時間を、逃げる時間を稼がねば。


「ば、馬鹿が……! いい加減な事を言うのも大概にしろ! 大体我々を殺してなんになる!? お前等の娘が生き返るのか!? 違うだろう! なら私を殺しても意味が無いのは明白だ! 大体お前らを詰めたのは飯塚と宮崎だろう! その二人を殺せたのならもう満足だろう!? さっさと消えろ! 私じゃない! 私を殺すべきじゃあない! 私を殺せば門宮市の多大なる損失になるぞ! 市に住む十二万の人間が辛い思いをする事になる! いいのか!?」


 化け物は動きを止め、二つの頭がこちらを見下ろし凝視している。

 私の言葉が聞こえているのだろうか。もしかして私を殺すという事が有益ではないという事に気付いてもらえたのだろうか。


「そ、そうか、金か? やはり金なのだな!? 分かった、認めようじゃないか! 命には代えられん! 事実ではないが認めようじゃぁあないか! 認めてお前等の慰霊碑を建ててやる! 前に提示した額よりずっと高い金を出して豪華な慰霊碑を建ててやるよ! そうすればお前等の娘も心安らかに成仏するだろ!? そうすれば消えてくれるな!?」


 動かない。効いた? 効いたのか? これで私は助かるのか?

 消えてさえくれれば私はその後の事などどうでもいい。口約束で契約書など無いのだ。ましてや死人。俺がこの後どういう行動を取ろうと……。


「慰霊碑があればお前等家族は未来永劫一緒にいられるんだ! こんなに素晴らしい事は……!」


「シネ」


「は?」


 冷たくも言い放たれるその二文字。理解が出来なかった。こいつは何を言っているんだ。私がここまで譲歩していると言うのに。

 この私がお前等のような下民の為に金を出してやると言っているのだぞ。


 私の次の言葉を待つことも無く、化け物は手に持つ剣を構え、薙ぎ払う。重苦しい空を切る音と共に視界が回る。痛みは感じない。だが、体の感覚が無い。どうなったのだ、私の身体は。


 私の頭に巡る映像は走馬灯ではない。無機質な天井、壁、床、天井、壁、床、天井、壁、床……。


 ぐるぐる。  グルグル。  視界が回る。


 最期に見えたのは血に染まった廊下の床。ゴトン、という音と共に視界が止まる。

 そして広がる闇。

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