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おんりょうめもりー ~死人達の記憶と刀の少女~  作者: ぎたこん
第1部・第三章・鬼の少女と赤マント
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3-33-1.世の中は金【天正寺明憲】

 もう少しで議会が始まろうとしている。

 今は議会室へ向かう為に廊下を歩いている。土曜日だというのに臨時議会とは面倒臭いにも程がある。


 今日は議員報酬の引き下げと、政務活動費の削減についての審議がある。なんとしても否決させなければならない。

 野党対立会派のくだらん人気稼ぎの為に、私の報酬を下げられてなるものか。市の予算が足りないなら、福祉予算や給付金を削減すればいいではないか。金は私のような有能な人間に集めてこそ価値があるのだ。愚民共はギリギリの金で永遠に奴隷の如く働かせればいいのだ。


「天正寺、やはり今日は欠席した方が良かったんじゃないのか。こんな所で襲われたらそれこそ逃げられんぞ。せめてあの連中が化物を退治するまでは……」


 宮崎が情けない顔でこちらに話しかけてくる。

 化物に一度襲われているらしいので恐怖するのも分からないでもないが、外にはあの連中に加えて警官や警備員もかなりの数が配備されているのだ。鼠一匹通れる訳が無い。仮に進入されたとしても私は絶対死なん。他のゴミどもを肉壁にしてでも逃げ延びてやる。


「馬鹿を言え。我々の報酬が減らされてもいいのか? お前はそんなだから会派の執行役員にも選ばれないんだよ」


「命は金より大事だろ。命あっての物種だ。死んでしまっては金があっても何も出来ないだろう。だから私はあの時に嫌だと言ったんだ。飯塚はアンタに近い思考だったから何も言ってなかったが、俺は違うんだ。結果だな、結局、飯塚まで殺されて……それに今日の議題について我々が反対に回ったと知れば市民団体が黙っちゃいないぞ」


「フンッ。市議会の賛成反対を事細かく見ている奴がいると思っているのか? インターネットで隅から隅まで放映されている国政ですら興味を持たない奴がごまんといるんだ。我々が市議会のどこで何に対して賛成しようが反対しようが、市政を見ている奴などおらん。愚民どもは何も言わずに我々の為に金を払い続ければいいんだよ。我々は後援会や支援者だけにニコニコしてればいい。顔はおろか名前も出さずにガタガタ抜かす奴など気にするだけ時間の無駄だ」


 私の正等かつ的確な言葉に、俯き黙りこむ宮崎。

 私はもう何年も得票数一位当選で議員になっているんだぞ。私よりも得票数が少ないクセにとやかく言うんじゃない。

 まったく、私が若い頃にこの市で地盤を固めるのにどれだけ苦労したと思っているんだ。全ては金と名誉の為なんだよ。市民の快適な暮らしなど知った事か。私は私と私の家族だけが快適かつ幸せに暮らしていければそれでいい。


「あ、あんたはアレに襲われていないからそういう事が言えるんだ! 見てもいないんだろう!? 私はな、私はな……! アイツが手に持っていた飯塚の頭を見た瞬間、本当に殺されるかと思ったんだ! 心臓が張り裂けるような思いだった! 口から胃が飛び出すかと思った! 今でも思い出しただけで身が震える! 秘書が機転を利かせて車を急いで出してくれなければ私は今頃、奴が手に持っていた飯塚の生首のように……!」


 そこまで言うと宮崎は手で口元を押さえ顔を青くした。

 思い出して気分が悪くなったのか。コイツがこんなに気弱な奴だとは思っていなかった。普段、弱い立場の相手にはふんぞり返って偉そうにしている癖に。


「いつまでウダウダと文句を言っているんだ! 第一こうなったのもお前等のせいじゃないのか!? コトリバコだったか? 変な力を使う輩に頼みおって。呪いだの何だの、お前達を信用した私が馬鹿だったわ!」


「ああいう状況で自殺に見せかけるのはあいつに頼むのがいいと穿多うがたの爺さんから聞いていたんだっ。こんな事になるなんて誰が思うと……!」


 先程からこればかりだ。こんな事になるなんてこんな事になるなんて。何回言えば気が済むのだ。銀聖会の穿多院長も余計な事を吹き込んでくれたものだ。


「……そんな事よりだ、飯塚が殺されたのは議会の奴等には伝わっているのか?」


「いや、まだだと思うが……今さっきの事だろ? 事務局には連絡が入っていても議員の奴等が把握しているとは思えないが……ただ、急な訃報で事務局もバタバタしているとは思うが」


「チッ……反対票もギリギリ否決できるかどうかで微妙なラインだったのに、タイミングの悪い時に死におって。役立たずが」


「天正寺、アンタどうかしてるよ! こんな時にまで金金金って! 飯塚だって私だって、世話になったからこそアンタの為にやったんだぞ!? こんな目に合うと分かっていればアンタになんて従わなかった!!」


 どうかしているのはこいつの方だ。金がもらえなければ政治家になった意味が無いだろうが。政治家になる奴なんてのは皆金が目当てなんだよ。

 中には高い意識を持って目指す奴等もいるだろうが、そいつ等も当選すればいずれ金に溺れる。そして、なんとしてでも今の職にしがみ付く為に嘘に嘘を重ねて上っ面だけの奇麗事とごたくを並べる、そう言う世界だ。


「お前等も、出世してもっと金がほしいから私に今までついてきたのだろう? もはや一蓮托生なんだよ。文句を言わずに私についてくればいい。大体私は『なんとかしろ』と言っただけだ。お前等がやりすぎたんじゃないのか? 裏家業の人間に頼むなど、バレでもしたらどうなるか分かっているのか」


「くっ……」


 そう言っている間に議会場の前に到着する。腕時計を見ると、議会が始まる五分前である。閉ざされた扉の向こうには人の気配。他の議員の多くは既に議会場に入っているようだ。廊下に他の議員の姿は見えない。遅刻者がいない限りは、恐らく我々が最後だろう。


 ドアに手をかけ、少し開けた所で異変が感じられた。

 部屋の中からガラスの割れる音が聞こえてきたのだ。それも一枚どころではない。複数のガラスが一気に割れる音。それに続いて怒号や悲鳴がドアの隙間からこちらに洩れてきたのだ。


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