3-32-2.動き出す巨体【陣野卓磨】
「二箇所と言っていたな。赤マントも出たのか?」
顔を近づけ、蓮美に聞こえない様に小声で話しかけてくる。
「ああ、はっきりと赤マントだと言い切れるわけではないが、状況的に多分な」
その返事を聞くと日和坂は、蓮美をチラリと横目で見ると、少し考える仕草を見せる。
「影姫、お前らはお嬢と一緒に戦ってやってくれ。赤マントの方は俺とヤスで追う」
「何を言っている。第一、お前との方が蓮美も戦いやすいだろう。私は蓮美の戦い方を見た事が無いし、向こうもそれは同じはずだ。少しでも有利に事を進めたいのなら……」
「いや、お嬢は影姫との戦いを想定して訓練を受けている。影姫の戦闘記録は少しだが組にもあるからな。―――大丈夫だ、心配するな。赤マントは必ず俺等が何とかする。フラフラうろついてる奴だ、近くに配置してるうちの組の奴等も使うから、目の多い俺等の方が探しやすいだろ」
それを聞いて、何かを汲み取ったかのように、日和坂の目を見てしばし黙る影姫。そして溜息をつくと、掴んでいた俺の腕を手離す。
「仕方ないな……今回だけだぞ」
「忝ぇな」
そう言うと日和坂は、影姫から方角と大体の位置を聞くなり、ヤスを呼びつけ役所から言われた方角へと走って行った。
「もう限界みたいね。野次馬は巻き添え食らったら自業自得って事で……ひよひよ、行く……あれ?」
両面鬼人の様子を見ていた蓮美が、こちらを見て間の抜けた顔をしている。
見ると、蓮美の向こうに見える両面鬼人が、ざわめく野次馬達など気に留めることなく弓を構え出している。そこには五本の矢が装填され、今にも発射されそうであった。
「ひよひよは!?」
「赤マントの方に向かった。蓮美、あいつは私達でやるぞ」
それを聞いた蓮美はポカンとすると、次に少し嬉しそうな顔に切り替わる。
そして大きく首を縦に振り、両面鬼人の方へと振り替える。
それぞれが両面鬼人に視線を移して、二人が駆け出そうとした瞬間だった。両面鬼人の元から放たれた矢は、市役所へ向かって飛び立っていった。
まるで開戦の火蓋が切られたかのように。風を切るその矢はみるみるうちに分裂し、市役所の至る所を貫いていく。同時に役所の中から聞こえる怒号、悲鳴。
窓を突き破った矢が役所内の人間に刺さったのかもしれない。
俺達がもたもたしている間に、いきなりの動きで先手を取られてしまった。
「急げ! 死傷者が増える前に抑えるぞ!」
影姫にまくし立てられ俺も後を追う。
「グオオオオオオオオオオオオオオォォォォォ!」
しかし、少し遅かった。
両面鬼人は自身の回りに集っていた人々を、手に持つ剣で無残にも切り捨てる。
そして、大きく飛び上がり役所の屋上へと姿を消してしまった。
辺りに響く悲鳴と逃げ惑う人々を見て、二人について行くのを躊躇してしまう。
人を何の躊躇いも無く無残に斬り捨てるその両面鬼人の姿に恐怖を覚え怖気づいてしまった。
文字通り鬼とも言えるその蛮行に足が竦んでしまった。
付いて行っても殺されるかもしれない。そんな恐怖が何よりも先に立ってしまう。頭では影姫についていかないと分かっていても、体が本能的に拒否反応を起こしている。
「卓磨、何をしている! もたもたしていると死人が増えるぞ!」
「あ、ああ……!」
震える足に気合を入れて、影姫の後を付いていく。
俺は死なない。逃げ切ってみせる……!




