3-30-3.再び現れた赤い怪人【陣野燕】
『門宮市駅~、門宮市駅~。御降車になられる際は、お忘れもの等に御注意ください~』
独特な声のアナウンスが流れる中、電車を降り駅構内へと足を踏み出す。目的地であるショッピングモールは駅の南側すぐ隣にあり、駅構内からも建物の外観が少し見えている。
「ついたついた~。いやー、霧雨市って電車の便が悪いよねぇ。直線ならもっと近いのに二回も乗り換えないとここまで来れないなんてさー」
「んだねぇ」
「それに、思ったより電車賃高くつくねぇ。電車通学で定期券持ってる人が羨ましいよ」
澪が疲れた表情で悪態をついている。霧雨市自体に駅が少ないという訳でもないのだが、霧雨学園の近くに駅が無いのだ。私や澪は近くに住んでいるからいいものの、遠方から来ている生徒は大変だと思う。
「だねぇ。でも、お笑いのライブを見に行くって考えたら、今回は無料なんだし往復の電車賃見ても安いんじゃないかな」
「そだね。今人気のハンバの漫才をタダで見れるって考えたら安いもんかな。他にもそこそこ有名所の人達来てるみたいだし、サインもらっちゃおうかなぁ。皆にファンです! とか言ってサインもらいに回ってたら呆れられるかな? あはは」
「人多いかもしれないし、皆にサインもらうのは難しいかもね」
「こんなイベント開くんだから、サイン会くらいあるっしょー。全部並べば問題なし!」
そんな会話をしながら改札口へ向かう為に駅構内を歩く。私達が目指すのは南口出口だ。
「えーと、切符切符……あった」
澪がポケットから切符を取り出し改札へ向かう。
だが、そちらを見る私の視界に嫌なものが目に入った。改札の向こう、駅の柱の下に座り込み、赤い布を広げて何かを並べている赤いマントを羽織った人物がいる。
駅に入ってくる人も出て行く人も、その人物を気に留めることもなく、すれすれをかわして通り過ぎていく。赤いマントを羽織ったその人物が、まるで私以外の人には見えてないかのように。
「あれ? どしたん? そんなとこに突っ立って」
足を止める私に気がついた澪がこちらに振り返り戻ってきた。
「澪、北口から出よ……」
「え? 何で? 遠回りになっちゃうよ」
「いいから!」
「ちょ、ちょっと!」
澪の手を引き、北口へと駆け出す。
ダメ。あれはもう関わっちゃダメ。やっぱり夢じゃなかったんだ。思い出した、私はもう二回アイツを見ている。しかもそのうち一回は襲われているのだ。これ以上関わったら本当に命が危ない。そんな気がする。
「ねぇ燕、あんた今日なんか変だよ。なんか何はなしてても、気分は上の空って感じだったし」
自分的にはそんなつもりは無かった。だが、そう言う態度は自然と出てしまうものなんだと申し訳なくなった。
「ごめん、澪、私は澪に危険な目にあってほしくないの。お願いだからこっちから……」
「いや、別にそれはいいんだけどさ、危険って何? 訳分かんないんだけど」
説明するべきだろうか。説明して信じてもらえるのだろうか。数日前に見た殺人鬼が、南口出口に座り込んでいたと。
いや、信じる信じないは別として怖がらせたくないし、澪に危険な目にあってほしくない。それに、あの時みたいに……。考えたくないけど考えてしまう。思い出したくないけど思い出してしまう。アイツに関わった人の最悪の末路を。
急いで北口へ向かい改札へと辿り着く。辺りを見回すが、先程の人影は無い。駅を行き交うのは、ごく普通の姿をした人々ばかり。
「良かった……大丈夫みたい。行こ」
「う、うん……なんかよく分かんないけど」
澪は何か解せない顔をしているものの、深くは聞いてこなかった。改札を出る。ここからだと少し歩いて踏み切りを渡るか高架橋を渡らねば駅の南側にあるショッピングモールへ行けない。
駅を出て線路沿いに二人で歩く。
ショッピングモールのある南口と違い、こちらは人がまばらだ。
しばらく歩いていくと踏切が見えてきた。何事も無くショッピングモールに行けそうだ。ホッと胸をなでおろした。だが、それは束の間の安堵であった。
「赤がいい? 白がいい? それとも、青がいい?」
聞こえてきたのだ。頭に直接入り込んでくるように、まるで耳元で囁かれたかのような嗄れ声が聞こえてきた。
「ん? 燕何か言った?」
どうやらその声は、澪にも聞こえているようであった。
「私は……何も……」
唐突な声に不意を突かれ、驚き慌てて周りを見回す。すると、先程の赤いマントを羽織った人物が、背後の線路脇に先程見たように地面に赤い布を広げて座り込んでいた。私達が先程通った時は誰もいなかったのに、突然現れたのだ。
そこには三つの携帯ゲーム機が並べられていた。最新の機種でなかなか手に入らないゲーム機。赤と白と青の三色が置かれている。こんなバリエーションの色、販売していただろうか。
しかしその置かれていたものには何処か違和感を感じた。箱の隅が朧気に揺らいでいるように見えたのだ。
澪も置かれているゲーム機に気がついたようで、そちらへ目を向けていた。
「あっ、露店かな? すごいじゃん! あのゲーム機なかなか手に入んないんだよー! 私ほしかったんだよねー。いくらかな?」
そういいつつ怪しい男の露店に近寄る澪。
嘘だ、澪はゲームはあまりしない。澪からゲームの話題なんて振られた事がない。
まるで何かに操られているかの様に引き寄せられていく。
赤いマントを羽織った人影を見ると、なんとも言えない悪寒が走り私の背筋を凍らせる。
「み、澪っ、ダメ……!」
「いーじゃんいーじゃん」
そう言って露天に駆け寄る澪。私は連れ戻そうと後を付いていく。
「あれ? 値札貼ってないな。おじさん、これ売り物だよね?」
赤いマントを羽織りドクロの仮面をつけた怪しい人物。いかにも怪しい格好をしたこの男に対して、澪は何の躊躇いや違和感も無く普通に話しかけている。
私はどうしていいか分からず澪と赤マントを交互に見る。赤マントは私の視線に気がついたかのように、頭を若干起こし、こちらへ向ける。
そして言い放った。
「赤がいい? 白がいい? それとも、青がいい?」
まるで自分の目的は澪ではなくお前だと言わんばかりに。




