3-27-2.毒蜘蛛の鞘【陣野卓磨】
授業が終わる。今日は土曜日なので半日。しかも時短で部活は休みとの事。理事長も出張だそうで今日は特訓が無い。家で自主訓練的なものを何かしたほうが良いだろうかと思いつつ、影姫と共に帰路に立つ。
「そう言えば影姫、その鞘持ち歩くようにしたのか」
昇降口で上履きを靴箱にしまう影姫を見ると、綺麗な刺繍が施された細長い袋を担いでいる。朝の登校中も気にはなっていたのだが、なんとなく聞きそびれた。俺が影姫に出会うきっかけとなった刀を入れていた袋だ。
「うむ……二度も鞘無しで屍霊と対峙するという失態を犯してしまったのでな。もう、周りからの見てくれなど気にしている場合ではないだろう。今現在、屍霊が二匹も近辺を徘徊しているんだ。卓磨だって危険は少しでも小さい方がいいだろう?」
「まぁ、確かにな。でも、そんな脇から見れば正体不明の長物持っててよく教師陣があれこれ言ってこないな」
「中頭が手を回してくれた。私の持ち物に関して詮索しないようにと。それでも奇異な目で見られる事には変わりないがな。全く、この制服というのは不自由だな……」
そう言いつつ影姫は少し面倒そうに息を付く。
「ああ、なるほど」
「教師達は勉学さえきちんとしていれば何も言ってこないさ。卓磨はその点が疎かになっているから目をつけられるんだ」
「ああ、なるほど」
もちろん影姫が今出せる全力で戦ってくれた方が俺に及ぶ危険も小さくなる。
男として女ばかりに戦わせるのは、若干後ろめたい気持ちもあるが、今の俺には戦う術が無い。仕方のない事なのだ。と、自分に言い聞かせる。
「おかげで、七瀬に、色々と聞かれた挙句に、オカ研を辞めて剣道部に入れとしつこく付きまとわれたがな。あ奴にはこれが刀の鞘だと分かったらしい。目ざとい奴だ」
クラスメイトの七瀬菜々奈だ。奴は小柄な体系を生かし俊敏に動く事で剣道部でも勝率が高いらしい。ただ、うちの剣道部は弱小な為、刀の鞘を持ち歩いている影姫を目ざとく発見して勧誘していたのか。
「で、入るの?」
「いや、丁重にお断りした。私が剣道部など入部しようものなら、たちまち全国大会で優勝してしまうか、あの奇怪な叫び声に苛立って相手を殺してしまうではないか」
「殺すってお前……」
「勝利の杯は自分達の手で取らねばならん。それに、私はあまり目立つ様な行動は取りたくない。真剣による実践経験が豊富な私の様な者が入る場所ではござらんよ」
そう言う影姫の口調は少し変になっていた。時代劇の見すぎかて。
しかし、どっからそんな自信が沸いて来るんだか。実戦と剣道は違うだろうに。
「また物騒な物言いはだな……そう言う冗談は……」
「いや、あながち冗談でもない。最近、手加減と言うのがしにくくてな。力が不安定なのもあるかも知れんが」
影姫はそう言いながら革靴を取り出しペッと地面に投げ、それを履く。
「俺の……せいもあるのか?」
そう言う俺の顔を真顔で見つめる影姫からは「察しろ」と言う感情がひしひしと伝わってくる。
「気にするなとは言えないが、今は月紅石を扱えるようになる事に意識を向けろ。私の力が安定するかしないかは、卓磨がその結果を出してからの結論になる。不安な気持ちばかり抱えていたら、できる事も出来なくなるぞ」
「あ、ああ……」
なんと言っていいか分からなかった。俺には素質が無いんじゃないかと思い始めてるからだ。
この手につけている数珠が父さんの持ち物であったと言うのなら、その血を引いている俺に使えてもいいものだろうに、今は全く反応が無い。本当に使えるようになるんだろうか……。




